煌帝国第九皇女。それが私に与えられた地位だ。自分で望んでその位を貰った訳ではない。たまたま私の父が煌帝国の皇族で、異国の民の下女との夜伽で偶然私を授かってしまっただけなのだ。母親によく似た私は煌の民とは似ても似つかない顔立ち、髪色をしている。故に皇族から除籍される筈だったが、父の働きかけで皇女として生きることとなった。

与えられた宮や庭は広く、入念に手入れされ、美しかったが、私の心は満たされずにいる。

他の皇族から異国の血が混じった卑しい子供と貶され続け、哀れんだような目を向けられるのは最早日常となっていた。特に女性皇族からの嫌がらせは酷く、その日もまた、気味の悪い髪色だと中傷され、一人庭の隅で泣きじゃくっていた。そんな時だ、彼に出会ったのは。

「ねえ、何で泣いてるの?」

鈴のような声に空を仰げば、鮮やかな紅色の瞳と視線が絡まった。
練紅覇、第三皇子。年齢は私とさほど変わらない皇族の一人である。
お互い存在こそ知っていたもの、言葉を交わしたのはこの時が初めてだった。思わぬ人物の登場に私は慌てて顔を拭った。

「あの、私の髪が…他の皇族の方達と違うから、その…き、気味が悪いって…」

ぽつぽつと言葉を紡げば、紅覇は私の隣に座って、誹謗を浴びた亜麻色の髪を一房取った。びくり、と肩を揺らす動作が面白かったのか彼はふと口角を上げた。

「気味が悪い?こんな綺麗な金色じゃないか。きっとお前の髪色がうらやましくて、嫉妬したんだよ」

だから泣かないで。そう笑う紅覇の声は酷く穏やかで、周囲から可笑しな子供と蔑まれている人物とはとても思えなかった。端正な顔に浮く笑顔は芸術の一つのように鮮やかで美しくて…思えばこの時から、私は紅覇に惹かれていたのかもしれない。



「名前!」
「紅覇、久しぶり」
「うん久しぶり〜。見ないうちに綺麗になったね、お前」

駆け寄り、頬を摺り寄せる紅覇をそっと抱き締めると彼も嬉しそうに腕を回した。
紅覇と出会い数年が経った。二人ともあの時の小さな子供から年頃の男女に成長したわけだが、当初から抱いていた、紅覇に対する淡い想いだけは変わらない。むしろ、その気持ちも深く熱く育まれていた。

接吻をせがむ彼が愛おしくて、どうぞと言う代わりに瞼を閉じる。柔らかい、熱いものが唇に触れて何とも言えない幸福が胸に満ちるのを感じた。

「はあ…名前、好き…」
「…うん、私も」

紅覇の従者も私の付き人の女官も全員下がらせており、この部屋に居るのは紅覇と私だけだった。二人だけの密やかな空間は穏やかで儚い。この時間は永遠には続かないのを私たちは知っている。

「聞いたよ…嫁ぎ先が、決まったって」
「うん…」
「どこの国?」
「…西の方。煌からとても距離があるって聞いた」

ねえ紅覇。私、行きたくない。ずっと紅覇と一緒にいたい。
涙声で彼に必死に訴えたが、紅覇は首を横に振った。

「な、なんで」
「僕だって、ずっとお前と一緒にいたいよ!だけど…僕らは血が繋がってる。何をどうしたって一緒にはなれないんだ…お前は炎兄の娘だから…」

何かが、崩れ落ちるような音がした。

煌帝国第九皇女。それが私に与えられた地位だ。父は第一皇子練紅炎。皇子の使命の一つである夜伽の際に、異国の女との間に生まれたのが私だった。私を哀れんだのか、父性によるものなのか、はたまた政治の道具の一つと考えたのか、彼は第一皇子という地位を使い私を皇女として迎え入れた。
紅覇は父と異母兄弟だが、私にとって血の繋がった叔父に当たる人物である。
この国では三等親以内での婚姻は認められておらず、婚姻以前に恋愛感情を持つことさえ禁忌とされている。

私たちはそのタブーを、すでに侵してしまっていた。

「僕、時々思うんだ。もしお前が炎兄の娘じゃなくて、僕が皇子じゃなかったら、ずっと一緒にいれたんじゃないかって…」
「でも、私がお父さまの娘じゃなかったら、紅覇に会えなかったわ」
「うん、そうなんだけど、そうなんだけどさあ…」

約束しよう。来世は、ずっと一緒にいようね。
細く、可憐な小指を差し出す紅覇は笑っていたが、初めて出会ったあの穏やかな笑顔ではなくて、悲しさや怒りや悔しさが滲み出た表情だった。私はぼろぼろと泣きじゃくりながら彼の指に自分のものを絡める。
どうしてお父さまは私を皇族に迎えたのだろう。どうして紅覇と出会ってしまったのだろう。どうして、私は生まれてきたのだろう。
私の生まれてきた意味が紅覇と出会う為でなく、紅覇と永遠に一緒にいられない為にあるのなら、早く生まれ変わって遠い未来で待つ愛しい人を探したい。私たちはただ幸せになりたいだけなのに。

死に逝く箱庭はもう二度と生き返りはしないのだ。
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