油断した、と舌を打つも時すでに遅し。ヒカルはぼんやりした意識の中で年季の入った木造の天井を見つめる。
本来なら学校で机に向かっている時間帯だが、そうはせずヒカルは寮の部屋で一人眠っていた。
要は風邪を引いたのである。
もともと丈夫な方ではなかったし、また、ヒカルを取り巻く環境がガラリと変わったこともあるだろう。そのせいで身体が発するサインに気付くことが出来なかった。
けほ、とこみ上げる咳が静まり返る空気を微かに揺らす。
こめかみの痛みはまるで内側から鐘でも鳴らされているかのように耐え難いものだった。
もうすぐウォータイムの時間だろうか、熱のこもった息を吐いて、ヒカルは寝返りを打つ。
するとコンコン、とドアを叩く音が不意に鼓膜をつついた。
「ヒカルくん、起きてる?」
入って来たのは同じジェノックに所属する苗字名前だった。
その手にはトレイがあり、マグカップと底の深い皿が透明な湯気を吐いている。突然の来訪にヒカルはぱちくりと薄い水色の目を瞬かせた。なんで、どうしてここに?少し掠れた声で名前に尋ねる。
「私の部隊、今日は作戦に参加しないの」
だから来ちゃった。名前は煌めく宝石のような瞳を和ませ、トレイを机上に置く。
「大丈夫…じゃないか。顔がまだ赤いもの」
「別に…」
「あ、これお粥とね、ミルクティーも持ってきたの。ご飯食べてないでしょう?食欲が湧いたらで良いから食べてね」
暖かい湯気を立てるそれらと名前の顔を交互に見て、ヒカルは怪訝そうな目をした。
「君が作ったの…?」
「あら、これでも私、料理は得意なんだから」
名前は得意気に笑む。
飲める?と差し出されたマグカップを受け取ると沸き立つ蒸気がヒカルの頬を微かに湿らせた。
柔らかい色のそれを喉に通すと仄かな甘さが身体に溶け込む。先程まで燻っていたいがいがとした痛みや不快感が少しばかり軽減されたようだ。
甘いね、と呟くと名前は何故か嬉しそうに微笑んだ。
どうして笑うのか。ヒカルには名前の心情が理解出来なかったが、不思議と嫌な気分にはならなかった。
僕が、こんなに人と接するなんて。
それもこれも、全部熱のせいだろう。その思いと共にヒカルは再びミルクティーを飲み込んだ。