※学パロ



ハイ、と白龍に手を差し出されたのが一週間前。その時の私は目の前のてのひらと白龍の緩み切った顔を交互に見て、何を求めてるか分からなかったので、とりあえず100円硬貨を置いてみた。

「な…!?」
「え?ジュース飲みたいんじゃないの?」
「っ、本当に分からないんですね!もう良いです!」

青と灰の彩を放つ、宝石みたいな瞳に涙をいっぱい溜めた白龍は100円を握りしめてうわああと泣きながら駆けて行った。意味が分からない。120円じゃないと自販機で買えないからだろうか。
私は夕日に照らされて橙に消えていく彼の背中を眺めながら呆然と立ちつくしていた。晴れた冬の帰り道でのことである。
以来、私は白龍と一度も口を聞いていない。

「喧嘩でもしたんですか」
「知らない。一方的に無視される」
「白龍さん、頑固なところがありますからね」
「単純に女々しいのよ。あーあ、モルちゃんみたいな男らしい子と付き合いたかったなあー」
「名前さん、嬉しくないです」

至って無表情のモルジアナは細長いチョコレート菓子を前歯でカリカリ噛みながらそう言った。私はため息を吐く。食べますか、と菓子を差し出されたが遠慮した。甘いものは得意ではない。

「名前さんが失態を犯して、それに怒ってるのではないでしょうか」
「失態…ですか…」
「思い出してみて下さい。一週間前のこと」

――名前さん、どうぞ。
――わ、ありがとうモルちゃん。

確かその日の朝は教室でモルちゃんにお菓子を貰った。ピンクのリボンがかわいらしい包装だった気がする。名前さんは甘いの苦手だということでコーヒー・キャンディにしてみました。珍しくはにかんだモルジアナに感極まった私はクラスメイトがいるにも関わらず、彼女に抱き着いて、頬擦り。エトセトラ。レズだと冷やかされたのは言うまでもない。あれ、ちょっと待て。

「まさか…モルジアナとイチャイチャしすぎたから!?」
「確実に違います」
「でも他に心当たりは…あ」
「どうしたんですか?」
「いや関係ないんだけどさ。そういやどうしてモルちゃんお菓子くれたの?」

別に誕生日とかってわけじゃ…と台詞を遮るようにポロッとモルジアナの指から菓子が落ちた。何故か青い顔をして私を凝視している。どうしたの?私は首を傾げて床に落ちた菓子を拾った。

「分かりました。白龍さんが怒ってる理由」
「うそ!教えて!」
「…あの、一応聞きますが、本当に分からないんですか?」
「え、うん」
「………」
「……おーいモルちゃーん?」
「…今日は2月21日です。一週間前は?」
「えっと14日。2月14…ああっ!?」
「分かりましたか?」
「はい…」

何と言うか、すみません。それは白龍さんに言って下さい。モルジアナが呆れたようにすっぱり切った。
本当に身が縮まる思いである。
2月14日、バレンタインといったら、付き合っている男女の大事なイベントの一つではないか。
甘いものが苦手でバレンタインなど菓子会社の大売り出しくらいにしか認知していなかったとはいえ、ガサツすぎるというか鈍感というか。白龍が怒るのも仕方ない。これは何の準備もしてない私が悪い。
そういえばモルちゃんが先程からかじっているチョコレート菓子のパッケージも、バレンタイン限定のものである。これを見て何も気付かない私…ただの馬鹿なのか。

「…白龍のクラス行って来る」
「その必要はないみたいですよ」
「え?」
「来てます」

すると、すぐさま引き戸が乱暴に開いた。白龍だ。心なしかお顔が大層険しくなってらっしゃる。
青と灰の目が私を捉えると、つかつかこちらへ向かって来る。これ渡せば何とかなります、モルちゃんがまだ包みに入った菓子をこっそり私の手に握らせた。逆に怒られそうだよモルちゃん。私は彼女に菓子を返そうとするが、白龍によって阻まれた。
モルジアナ殿、名前をお借りします。と、モルちゃんに断りを入れると、白龍は私の腕を引っ掴んで教室から出ていった。



腕を掴まれ連行された先は空き教室だった。休み時間といえど、ここ一帯は普段使わない予備室が数多くあるので自然と人気もない。聞こえる音といったら遠くにある喧騒がぼんやりと響くくらいだった。曖昧なざわめきを耳にしながら、白龍の醸し出す重苦しいのオーラに耐える。白龍は依然として口を開かない。

「……あ、あの、ホントごめんなさい…バレンタイン、忘れてて」

もう遅いけどこれから準備、と言い掛けたところで突如突き出された腕に言葉が止まる。無論、それは白龍の腕で、手には水色の小さな箱が収まっていた。現れた謎の箱に首を傾げる。すると、つんと口を尖らせた白龍が、……バレンタインのチョコレートです、とか細い声で呟くのでますます疑問符が頭上に降った。

「だから!あなたがくれなかったから、俺が作ってきたんです!」
「…は…はあ」
「だ、だから、その。お返しは、ちゃんと返して下さい…」

こんなことで話せないでいるのは、俺も嫌ですから。白龍の声量は徐々に小さくなって、しまいには空気に触れれば溶けてしまいそうなくらい頼りないものだったけれど、私の鼓膜をきちんと震わすくらいの強さはあった。私はうんと頷き、再び詫びる。最後にとびきりの笑顔でありがとうを伝えた。小指を絡めて、お決まりの約束を交わせば、白龍の顔も綻んだ。

「3倍返しでお願いしますね」
「気持ち3倍ってことで」
「行動で示して下さい」

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