目の前にすらりとした長身の男がいる。身体つきは細身ながらしっかりしているものの、顔つきは大理石か何かで出来た、冷たい彫刻のように美しかった。さらりと揺れる長く黒い絹髪。少し青みを含んだ黒い瞳は強い光を灯し、細められている。
「神田…?」
まさしく神田だった。しかし彼は3ヶ月前、北米支部のノア襲撃で戦死したはずだった。死んだ筈の彼が何故か、私の目の前に立っている。幽霊かと思ったが、皮のブーツに包まれた足はしっかり地面に着いていた。
「本当に神田?」
「他に何に見える」
「…神田にしか見えないです」
すると頭に暖かさを感じた。神田の手のひらだ。不思議に思い、仰ぐと、何故か申し訳なさそうな彼の顔があった。
「悪かったな」
「…別に、平気」
「…そうか」
うん、と返事をすれば私の背に神田の両腕が回った。私の身体は彼の中に包まれ、閉じ込められる。彼の身体はあったかくてきちんと心臓の音がした。ああ、ちゃんと生きてる。良かった。幻じゃない。
「…本当は、凄く淋しかった」
「…ああ」
「神田が死んだって聞いて、とても悲しかった…」
私は、あなたがいない世界じゃ、息するのだって辛いの。
「もう何処にも行かないで。私、独りは嫌いなの、知ってるでしょう…?」
いつの間にか頭の奥から塩辛い波が寄せてきて、瞳から透明でしょっぱい液体を垂れ流し、それらは神田の白いシャツを濡らした。背中にあった手が再び頭に戻り、あやすようにゆっくりと私を撫でる。割れ物を扱うみたいに丁寧で、優しい手つきだった。
「もう、一生離さない」
耳元で、低くて甘い彼の声が囁いた。身体が圧迫されるくらい、彼の腕に力が込もって心臓がきゅうと唸る。
あなたが傍に居てくれるだけで、こんな暗闇みたいな世界で生きていける。
夜空よりも深い闇で、あなたが私の唯一の導だから。
「生きててくれて、ありがとう」
6/6 神田お誕生日おめでとう