にこにこ、にやり
「空野葵です!マネージャー希望なのでよろしくお願いします!」
放課後。サッカー棟の入口に明るい声が響いた。深い青色のショートカット。ピンクのリボンの、真新しい制服。少女の名前は空野葵。天馬と同じクラスであり彼の良き理解者でもある。今危機的な状況にあるサッカー部にマネージャーといえど新入部員が入ってくれるのは非常に喜ばしいことだ。そう考える音無は葵の入部を大いに歓迎した。そんな二人のやりとりから少し離れた場所で、ぱしゃり。カメラのシャッター音が彼女たちの視線の方向を変えた。
「私、山菜茜。よろしく葵ちゃん。こっちの子は悦田るちちゃん。私のお友達」
「サッカー部マネージャーの悦田るち。よろしくね空野さん」
茜は特有の朗らかな笑顔で、るちは目を細めて笑顔を作った。葵は向きを二人の方に変え、よろしくお願いします、ともう一度頭を下げた。
*
「これから入部テストを始める。入部希望者――」
久遠が入部希望者の名簿を読み上げている間、マネージャー達は選手分のドリンクやタオルを準備するのに忙しかった。其処へ天馬の応援にと水鳥も来たものだから人手は多い方がいいとるちが水鳥を半ば強制的に手伝いに引き込んだ。水鳥も最初はぶつぶつ不満を言っていたもの、仕事が終わる頃には自ら率先して励んでいたものだから思わずるちたちは苦笑いした。
ベンチに座り、ややあって入部テストは開始された。…入部テスト。名門故に課せられる厳しい試験である。
入部テストは入部希望者と部員の試合形式で行われる。一見困難に聞こえるが部員は希望者の能力を成るべく引き出せるよう加減して試合に臨んでいるし、入部希望者にもきちんとボールが回ってくる流れになっている。しかし易しい試験ではないことも事実。るちを含め、ベンチにいる関係者たちも息を呑んで試合を見届ける。
その時、るちはふと気付いた。入部テスト、入部を希望する新入部員が必ず受ける試験だ。天馬、そして彼の友人西園はあのフィールドに立っている。しかし、剣城は?彼も一年生で、入部したてだ。彼は受けなくても良いのだろうか。…いや。フィフスセクターにはそんなもの要らないのかもしれない。彼はあくまでも“監視者”なのだ。そう自己完結させた時、彼女の視界の端に紫色の学生服が映った。
噂をすれば、だ。るちは悪戯を思い付いた子供のような顔をした。
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