カプリチオ・マエストロ
サッカー部部室、通称サッカー棟内にある巨大なスタジアムで雷門サッカー部ファーストチームは各々準備体操を終え、人工芝のフィールドに集まっていた。
これから2チームに分かれ、軽いミニゲームを行うためだ。毎回行われるこの練習は守備と攻撃を均等に保つよう、メンバーの入れ替えからポジションまで、毎回徹底的に考えられている。そのメンバー構成は大体マネージャーが考案し、直ぐにゲーム開始となるのだが、今日ばかりは違った。
「悦田はまた遅刻か」
柔らかな茶色の髪を携えた神童拓人が呆れたように息を吐いた。2年ながら、キャプテンを務める彼は、サッカーのプレーもさながら、その人望と真面目な態度で一目置かれている。
「お前の幼馴染は一体どうなってるんだ」
「悪い神童…あいつには俺からも注意しておくよ」
神童の隣に立つ霧野蘭丸が彼を宥める。桃色の髪の毛は長く伸ばされており、2つに束ねてある。
神童の言う通り霧野とるちは幼い頃からの付き合いであり、所謂幼馴染という関係だ。そして彼もるちの気紛れっぷりに振り回される被害者の1人である。
「ちゅーかメンバーなんて前回のと被らないように分ければよくね?」
「というか悦田さん、絶対メンバー構成考えてきてないと思うし…」
「あいつの気紛れは今に始まったことじゃないしな」
「――皆っ!」
スタジアムにソプラノが反響する。それは先程まで噂していたるちのものだった。深い色の髪を振り乱しながらファーストチームの輪の中へと入り込む。
るちにしては珍しく慌てた様子だった。膝に掌を着き、肩で呼吸を整えてから「大変なの!」と口にする。
「悦田!また遅刻したな!?」
「遅刻はし…、たけど今それどころじゃ…!」
「今月に入って何回遅れてると思うんだ!もっとマネージャーらしく出来ないのか!」
「あーうん。ごめんごめん」
「大体その気紛れ振りをなんとかしろ!皆に迷惑掛けてるのが分からないのか!」
「むっ…気紛れ結構よ!このゆるふわワカメ御曹司!」
「こいつ…!」
「お前ら朝っぱらから喧嘩するなよ……で。るちはなんで遅れた訳?」
見えない火花が神童とるちの間を散っているところで霧野が鶴の一声を投げ掛ける。
神童とるちの仲の悪さは折紙付きだ。二人を他の言葉で言い表すなら犬と猿あたりが妥当である。
いがみ合う二人を引き離し、霧野は再度るちに何があったのかと尋ねる。すると彼女の表情が凍った。
「セカンドの皆が大変なの!変な学ランの男の子に襲われて…!サッカー部を潰しに来たって…」
「潰しに!?」
「まさか」
「フィフスセクターか…?」
チームの大黒柱的存在、三国の一言で一同の間に流れる空気が変わった。るちは否定も肯定もせずただ黙っていた。
「――分かった。練習は中止だ!グラウンドへ急ぐぞ!」
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