指先のしるべ星
朝のざわめき包まれた教室の引き戸が勢い良く開かれた。その向こうに立っていたのは息を切らしたるちで、眉を釣り上げつつ一目散に霧野の机へ駆ける。
「ちょっと何で起こしてくれなかったのよ!?」
甲高い声で霧野に叫ぶるち。しかし当の霧野の頭上には疑問符が浮上しており、片手はシャーペンを持って、白紙のプリントの上を滑っていた。今日の提出期限の数学の課題である。またやってなかったな、るちは幼馴染の、最早癖となりつつある相変わらずの取り組みの遅さに嘆息する。
「起こすも何も俺にそんな義務ないけど」
「一応幼馴染なんだから察しなさいよ。まあ、今日は朝練なかったからいいけど…」
「あったぞ」
「え?」
「だから、あったぞ。朝練」
るちが短く叫んだその声を掻き消すかの如く、再び扉がスパンと大きな音を立てて打ち開かれた。
その扉の向こうから神童が鬼の形相でるちの目の前にやって来たではないか。
「悦田!今日は丸々サボったな!?」
「うげ、神童くん…!」
「たるんでるぞ!マネージャーがそんな事でどうする!」
「…はいはいすいませんでした〜」
「この、生意気な…!」
「何よ海藻系御曹司。また泣かされたい?」
お互い一歩も譲らず、神童とるちの目線はかち合って、飽きることなく火花を散らしている。両者とも今にも掴み掛かりそうな勢いだったが、すっかり馴染んだ教室内の光景の一つであり、毎度の事ゆえ二人を止める存在など級友の中には勿論いない。毒舌を披露する幼馴染と親友を横目に霧野は問いの数式を編み出していた。
*
「だから、寝坊したことは謝るけどいちいち五月蝿いのよ!言い方ってもんがあるでしょ頑固ワカメ!」
「何だと自己中女…!」
「お前ら…飽きないの?」
霧野の盛大な嘆息がミーティングルームに響く。時間は経ち時は放課後、早速練習を始めようと部室に集まった部員達を尻目に神童とるちは未だに口論を続けていた。
勿論部員達にとっても二人の喧嘩は日常の一つに組み込まれており仲裁しようとするものなどいない。時折浜野が面白そうに眺めているくらいだ。
神童と悦田は仲が良いんだな!と円堂が太陽のような笑顔を見せるが両者は「誰がこんな奴と!」と声を揃えて反論した。
すると自動ドアが開き、天馬が部室にやって来た。
その後ろにはセルリアンブルーの髪を持つ、見知らぬ少年が立っている。まだ制服も真新しいので恐らく一年生だろう。部室の隅々をアンティックゴールドの目がきょろりと見回して、観察するように眺めている。
その子は?という問いに天馬が答える。
「狩屋マサキくん。転入生で、サッカー部に入りたいんだそうです」
少年、狩屋はぺこりと頭を下げる。
じゃあ今日の部活は入部テストから?という浜野の声に円堂は椅子から腰を上げて狩屋の前に立った。
「狩屋、お前、サッカー好きか?」
「えっ…――はい!」
「…よし。入部を認める!」
円堂は目を綻ばせて笑う。入部テストは?と喫驚する部員の疑問に今のが入部テストだと答える円堂。サッカーが好きな奴が入るのがサッカー部だからな、と付け足す彼は早速グラウンドへ足を進める。その笑顔を見て監督らしいなと部員達は顔を見合わせた。
本日の練習は2対2で攻撃と守備の連携を取るメニューだった。フィールドでは神童と天馬、霧野と、早速狩屋が練習に励んでいる。狩屋の起用とその知られざる能力にマネージャー達は注目して様子を見た。
天馬と神童の息の合った攻めに守りの要である霧野と、狩屋がボールを奪いに行く。お互い一歩も譲らない攻防が続き、天馬が狩屋を抜き去ろうとした瞬間、天馬の足にあったボールは強いタックルで狩屋に奪われていた。
おお! すごいな狩屋。
グラウンドに注目する部員が感嘆の息を零す。雷門の中でも特に急成長を続ける天馬を抜いた狩屋の高い能力は彼らの予想以上だった。
「…実力は認めるけど少し強引だったぞ」
狩屋に投げ掛ける、珍しく棘を含んだ幼馴染の声がるちの鼓膜を掠めた。
メンバーを交代し、倉間達がピッチへ入る。円堂から放たれたボールを受けようとした彼らだったがそのパスは何者かによってカットされてしまった。
風に吹かれるは、長いコートに、特徴的なドレッドヘアー。音無が一際喫驚の声を上げる。
「兄さん…!?」
「鬼道、どうしてここに!」
帝国学園の若き総帥、鬼道有人が雷門のグラウンドに颯爽と現れたのだ。
「俺が雷門のコーチをすることになった」
鬼道の突然の言葉に皆が驚く。恐らく彼の所属するレジスタンスからの要請だろう。
俺も力を貸したいんだ。表情は何時もと変わらぬクールな面持ちではあったが、鬼道の言葉は心を掴む熱があった。
円堂は旧友を太陽のような暖かな笑みで迎える。その笑顔はどんな者でも受け入れる、優しさと強さがあるのを雷門のメンバーは知っている。その笑顔がバラバラだった皆を繋ぎ、ここまで戦ってこれたのだ。
また一人、太陽に導かれて雷門に頼もしい仲間が加わった。
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