月に立てた墓標


水衣はフィフスセクター本部の屋上でぼんやりと月を眺めていた。天体に特に興味は抱いていないが、月だけは妙に心惹かれるものがある。
月には様々な逸話が存在する。地球に大きく近付いた時に災害が起きやすいだとか、満月に子供がよく生まれるだとか、金銭に関係する話や願掛けの類は信用性に欠けるが、ひとつ、納得してしまう迷信があった。
満月の日には攻撃的、衝動的な感情が昂ぶるという。
引力によるものなのか、眩くも奇しい光のせいなのか、衝動的に暴力事件や殺人、自殺が増える傾向にあるとどこかで耳にした。あの日も丁度満月だった。妹を追い詰めた夏の日。その夜、すっかり日の落ちた濃紺の空に白く輝く天体が朧げな輪郭で幼い水衣を見下ろしていた記憶がある。

すると、ポケットに収まる携帯が震えた。

「…はい。…そうですか。ありがとうございます、我儘を聞いて頂いて」

電話は上司からのもので、先程行われていた会議の決定事項についてだった。水衣の出した案件が採用された報告である。

「…では一度僕の手元に。…いいえ、大丈夫です。僕が、直接渡しに行きますから」



決勝戦の相手、海王学園は選手全員がシードであると先日の練習中、円堂の元に掛かった一本の電話によって発覚した。
フィフスセクターは大きな脅威を雷門にぶつけてきた。しかしそれは逆に組織にとって雷門の存在は恐れるに値するといえる。練習にもますます気合が入り、迎えた試合当日の朝。出発間際に一乃と青山が再加入したことで雷門陣営はますます活気付いた。



「――決まったー!先制点は海王学園だ!」

沸き立つ歓声。デジタルパネルの表示が0から1に変わるのをるちは見つめた。
やはり、全員がシードであるだけのことはある。海王学園の怒涛のパス回しに雷門は追いついていない。

ホイッスルに続き、雷門ボールから試合は再開。倉間が必殺技でシュートを撃つも相手のゴールキーパーの強靭な守りは突破出来ない。

雷門は海王学園にすっかり翻弄されていた。

瞬く間に前半終了の笛が響き、雷門の選手らはベンチへ戻ってくる。マネージャー達は急いでドリンクとタオルを配給しながら彼らを労った。

「はい、天馬くん」

るちは天馬にタオルとドリンクを手渡す。顔を見合わせると、何故か天馬の大きな青い瞳が気まずそうにぐらりと揺れた。
どうしたの?と尋ねる。しかし彼は何もないと首を横に振ってタオルを受け取る。
…変な天馬くん。
後輩の何処か強張った表情にるちは首を傾げながらも、他の選手にタオルを配り歩く。

天馬がるちの顔をうまく見れないのは、昨晩、霧野から聞いた彼女と、彼女の兄の話のせいだ。
兄の影響からサッカーの才能を開花させたるち、そして彼女の変わりゆく環境に孤独を自覚した兄、水衣。現在水衣はフィフスセクターの傘下に下り、雷門を、いやるちを貶めようとしている。
自分の大好きなサッカーで深い溝を作ることになった兄妹に、天馬は憐れみを持つ他なかった。

「後半の作戦を伝える!」

円堂の声に選手はじめ、雷門陣営の人間が一斉に顔を上げた。

「ゴールキーパーに天馬を起用する」

歯を見せて笑う円堂に一同は疑問の声を口にする。指名された天馬も選手達と同じく動揺したが、今まで円堂の言葉に間違いはなかったのだ、この作戦もきっと何か意味があるはずだ。天馬は強く頷いた。



「ゴールキーパーなんてびっくりね」

予備のゴールキーパー用のユニフォームをるちから手渡され、天馬は苦笑する。いつもなら続くはずのるちとの会話に気まずさだけが零れ、天馬の口は水を失った魚のように見えない泡だけが漏れていた。

「天馬くん?どうしたの、今日なんだか変よ」

るちはきょとんとして、首を傾げる。
これも、またるちの望む「兄の模写」なのだろうか。

「い、いいえ…大丈夫です」

何とか取り繕うと天馬は慌てて笑顔を浮かべる。すると、すっかり黄色のユニフォームからゴールキーパーのそれへと身を変えた背中をるちは思いっきり叩いた。

「いっ…!?」
「今雷門のゴールを守るのは三国先輩じゃなくて、あなたなんだから、しっかりしなさいよね」
「す、すみません…」
「…よし。それじゃ、最大級に暴れてきなさい!」

激励の言葉を口にし、歯を見せて笑うるち。その笑顔は今の天馬にとって少しだけ、眩しい。

「暴れたらゴール守れないですよ先輩…」
「細かいことは気にしなくていいの!」

prev next




「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -