幸福な食卓の構図


濃厚な橙の向こうに夜の気配がやってきた。頭上ではカラスが影を空に落とし、巣へと帰り去っていく。地上も薄闇に閉ざされようとしていた頃、るちは学生服姿の茶髪の少年を見た。天馬である。大きく手を振れば天馬はこちらの姿に気付き、明るい笑顔で会釈をした。

「るち先輩、霧野先輩。お疲れ様です」
「天馬くんもお疲れ!こんな所で奇遇ね」
「さっきまで河川敷で練習してたんです。もっと上手くならなきゃいけないと思って」
「そうだな。次はいよいよ決勝か…」
「決勝戦、俺今からすごく楽しみです!」
「うんうん。皆張り切ってるわよね。あ、そうだ!今日家でご飯食べて行かない?景気付けに!ねっ」
「えっ、良いんですか…?」
「勿論!蘭ちゃんも来てね!」
「悪いな。お邪魔するよ」

それじゃあ決まりね!るちは手のひらを打ち、快活に笑った。

るちの家は稲妻町の閑静な住宅街に建つごく普通の一軒家であった。ローマ字で「悦田」と書かれた表札の下にはるちと父親と思われる名前の二つが存在しているのを発見し、天馬は前を行くるちの背中を見つめた。
――るち先輩、父子家庭なんだ。
ただいま!鍵を開け放ち、扉を勢い良く開いてみせたが、るちの声は照明のない廊下に木霊となって響くばかりで返事はない。まあいつものことよ。そう笑ってるちはローファーを脱ぐ。

「お邪魔します」
「はーい!どうぞどうぞ〜!」

スリッパに履き替え、廊下の突き当たりにある部屋に通される。ダイニングキッチンが完備された其処は悦田家の居間であった。ソファに腰掛けると、霧野は徐にテーブルのリモコンを取り、テレビのチャンネルを弄り始めた。「霧野先輩…ちょっと」隣に座る霧野に天馬は耳打ちするが、何を勘違いしたのか「そんな遠慮しなくていいぞ。楽にしろって」とテーブルの小瓶に詰めてある飴を勧められた。まるで自分の家のように寛いでいる。き、霧野先輩…天馬は彼に悟られないよう苦笑を浮かべた。
天馬は改めてダイニングを見回す。木造の戸棚、テーブル、クリーム色のソファ。ごく一般的な家庭の居間である。しかし二人で暮らすには些か広すぎる気もした。戸棚の上に飾られる写真を見つけ、遠目ながら眺める。主に写真群には二人の子供が写ったものが多く見られた。桃色の髪の小さな少年は幼き日の霧野であろう。それならば、隣でサッカーボール片手に快活な笑顔を見せているのが彼の幼馴染みであるるちだ。

「天馬くーん、今日ビーフシチューで良い?」
「は、はい…ってるち先輩が作るんですか!?」
「なあにー?私料理は得意なのよ?」
「そうそう。これでも料理はそれなりに美味いから安心しろ天馬」
「蘭ちゃん!?ひどい!」

ぽかぽかと霧野を叩く真似をするるちの表情は年相応らしく無垢で、霧野の顔も試合で見せる真剣なものとは違い、無邪気な少年そのものだった。…お二人は本当の兄弟みたいですね、天馬がぽつりと漏らす。するとるちが「勿論私が上よね!」などと挑発気味な発言を口にするものだから、小一時間霧野との小競り合いが続いたのは言うまでもない。


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