水面に触れる指先


帝国との試合後日。雷門の面々は再び帝国学園を訪れていた。無機質な造りの校舎の奥へ奥へと移動する雷門サッカー部はこの招集を心底怪訝に思っていた。円堂の言う所によれば、帝国学園総帥である鬼道からの招待らしい。
鉄製の頑丈な扉の向こうには帝国学園サッカー部のコーチを務める佐久間とゴールキーパーの雅野が雷門を迎えた。
彼らに連れられ、重厚なセキュリティの施されたエレベーターに乗り込む。顔を照り付ける蛍光に天馬と信介は秘密基地のようだとはしゃいでおり、それを子供っぽいと葵は飽きれたように笑った。

エレベーターの重い扉が開かれ、雷門は久しい人物と再会した。前任である久遠だ。更に円堂や音無にとっても懐かしい者達の姿があった。雷門理事長、火来校長。円堂達が中学生当時の教師達である。また、雷門サッカー部を繁栄に導いた伝説ともいえる監督、響木正剛の姿もあって、選手達の目は緊張の色を含み始めた。

そして雷門サッカー部はこれから、ここに集まった真の理由を耳にすることとなる。



「なーんか、最大級に凄いことになっちゃったわねえ」

帰り際、傍らの幼馴染が間延びした声を上げた。霧野はそれに一つ頷く。
――レジスタンス。大人達は自分達の組織をそう呼んだ。サッカー管理組織・フィフスセクターと対抗する反抗勢力である。
革命が本格的に始まろうとしている。サッカーを取り戻すため、もう雷門に負けは許されない。ひたすら勝ち進み、ホーリーロードを制することが雷門の唯一で最大の役割であると教えられた。それを重荷と感じるか、使命と感じるかは人それぞれだが、少なくとも雷門は前者と受け取る人間などいないだろう。

「俺達が革命を起こすなんてな…つい最近まで管理サッカーに従っていたのに」
「あら、後悔してるの?」
「まさか。むしろわくわくするよ」

霧野の返答にるちは一層顔を明るくさせた。こつこつとコンクリートを叩く彼女のローファの音が軽快に弾み、耳を澄ませるだけで愉悦に浸っていると感じとれる。空は薄青から橙が入り混じり、夕刻を知らせていた。

「革命だなんて大層なこと任されてしまったけれど、皆なら絶対出来るわ。必ず成功するって自信あるもの。少なくても私には」

るちは振り返り、霧野を見る。言葉通り彼女の瞳には有り余るほどの自信の光に満ちていた。その目は雷門の奥に潜んでいた闇を振り払ったあの少年によく似ていた。彼女もつい最近まで様々なことに怯え、逃げていた筈だったのに。
成長したのだ、目前にいる彼女も、また。

「…そうだな。成功させなくちゃ。サッカーを取り戻すために」
「そうそう!さーっすが私の幼馴染!」

手のひらで背中を思いっきりはたかれ、霧野は痛みに声を漏らした。それを面白がって笑うるちを恨めしそうに睨むがそれすら彼女の笑いを誘うものだったようでますます声を上げる。

「お前な…」
「あら、気合入れて上げたのよ?」
「力一杯やりすぎだ馬鹿」
「ふふ、もう一発入れましょうか?」
「断る」

霧野の即答にるちはまた可笑しそうに声を発した。



太陽が傾き始めている。
天馬はいつもの場所で練習に励んでいた。地面に敷き詰められた赤や青のパネルを避けながらドリブルの精度を高める。革命が本当に起こる今、もう自分達に負けは許されない。だからこそもっと自分の技術を上げようと帝国学園から帰ってすぐに練習に勤しんでいたのだ。
一瞬、ボールが爪先で弾け、思わぬ方向に飛び上がってしまう。地面に落ちたそれは誰かの足下にころころと転がった。

「あっ、すみませーん!ボールとってもらえますかー?」
「…いいよ」

天馬の呼び掛けに少年は足下のボールを爪先で器用に持ち上げ、天馬の方へ蹴り上げた。ボールは美しく弧を描き、天馬の手元へと戻る。

「あ、ありがとうございます!あの、もしかしてサッカーやってるんですか?」
「どうして?」
「足の使い方が凄いなあって思って」
「…まあ、一応やってるよ」
「やっぱり!なんとなく素人じゃないなって思ったんです!あ、俺松風天馬です、雷門中一年の!」

少年は天馬の言葉に一瞬顔を曇らせた。しかし再び道化の表情を被り、天馬の声に穏やかな微笑みを貼り付けながら耳を澄ます。

「雷門中…ではないですよね?顔見たことなく…あれ…」
「どうかしたの?」
「いや、あなたのこと何処かで見たような…誰かに似てる気がして…」
「…他人の空似じゃないかな。それに僕、ここらの学校じゃないから。今日はたまたま来ただけなんだ」
「そうなんですか、あ!良かったら名前聞いても良いですか?」
天馬の尋ねに少年は勿論、と答える。夕暮れの橙が白い詰襟に差し込み、淡い彩りを添える。上品に口角を釣り上げ、碧の瞳を和ませて少年は美しい形の「笑顔」を作り上げた。

「嬉原水衣だよ。よろしくね松風くん」

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