アルファルドの境界線


歓声に揺れる観客席で水衣は一人、陶器のように美しく磨かれた双眼鏡を片手にグラウンドを眺めていた。深い黒のレンズを通して見つめるのは雷門のベンチ前。制服姿の少女と桃色の髪色が目立つ少年である。言葉を交わしているようだが、内容は分からない。しかしその表情に憂いは無く、二人の顔にあるのは屈託のない笑顔である。

「…ふん」

双眼鏡をポケットに仕舞い、水衣は彼らから目を離した。
雷門は現在フィフス肯定派と否定派に割れていることは知っていた。そして未だフィフスを指示するものが多いこと、そして霧野もフィフスを肯定する一人だということも。

目が覚めたのか、陥落したのか。こたえは水衣にはどちらでも良かった。

また、あいつを選んだ。

水衣が許せないのはその事実ただ一点のみである。嫌な色の煙が奥底から立ち込めてくるような息苦しさが彼の心を徐々に支配していく。
鼓膜を、不意に響いたホイッスルが劈いた。



対万能坂中の試合はこれまでにないほど緊迫した空気が続いていた。
試合開始直後、ボールを受けた剣城がそのまま雷門ゴールへ叩き込んだのだ。――オウンゴール、である。
彼の決めたそれが無効になることはなく、万能坂の得点としてカウントされ、雷門が一点を追う形となった。
まずは一点決めよう、天馬はじめとするフィフス否定派は縦横無尽にフィールドを駆け巡る。しかし万能坂はそれをやすやすと許す訳が無かった。
雷門選手に対し、荒々しいプレーを立ち続けに起こしてきたのである。
審判の視界を遮り、するりするりと攻撃を加えるスタイルに水鳥は潰しのプロか、と舌を打った。
一方、るちはフィールドをじっくりと観察していた。
万能坂はフィフスの傘下にある学校。先程校舎内で出会った選手をシードとすれば最低三人、万能坂には化身使いがいるということになる。桜色のシニヨン、光良に、ゴールキーパー、篠山。そしてキャプテン磯崎。
大抵光良はキャプテンの指示で動いているようだ。ラフプレーは選手全員が行っているが、光良と磯崎を中心に万能坂の攻撃は構成されている。
飛ぶように動くボールの行き渡りを、るちの瞳は追い続ける。

「っ…!」
「蘭ちゃん!?」

試合の展開を観察していたるちの目が転倒した幼馴染を捉えた。悲痛の面持ちで足を押さえる彼はすぐさまフィールドの外へと運ばれ、ベンチへ下がった。

「蘭ちゃん…!」
「大したことない。早く試合に…!」
「待ってて、今冷やすから!」

るちは急いで氷とタオルを準備する。患部にあてがえば、霧野は痛みに小さく唸った。

「蘭ちゃん、これ試合には…」

真っ赤に腫れ上がった患部は事故とは思えないほど悪意に溢れた傷の受け方であった。

ひどい、こんなの。

これがサッカー管理組織、フィフスセクターのやり方なのだろうか。勝利を平等に齎すと謳う組織の、兄が唯一認める組織なのだろうか。
非情な行為に涙がにじむ。もはやフィールドに立つのは万能坂の選手と彼らに加担する剣城のみだった。――こんなの、もう見てられない。るちがぐっと唇を噛み締めた時、芝生に叩きつけられていた天馬がふらふらと立ち上がった。

「まだ試合は終わってない」

希望はまだ捨てない。いくら傷つこうとも、目の輝きを失わない天馬。
星のごとく光に満ちた瞳に剣城の表情は歪んだ。


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