あなたにみえるひかり
「検査大丈夫だったのか?」
「うん全然問題ないって!でもまた三ヶ月後に来なさいってさ。何ともないのに」
「念には念を入れとかなきゃ駄目だろ。次もサボらず行けよ」
「…蘭ちゃんといい、お医者さんといい…なんかみんな心配しすぎ。もう大したことないんだってばー」
「お前が良くても駄目なんだよ、こういうのは」
霧野は呆れたように言った。
けらけらと隣で笑う幼馴染みだが、大丈夫という言葉とは裏腹に片方の目は白いガーゼで覆われていた。昨日の定期検診で器具や薬剤を使ったため少なくとも二、三日は安静にしていなければならないらしい。
本来の彼女なら眼帯なんて面倒だと忠告を無視して白いそれをベリベリ剥がしているだろうが、やはり痛みや違和感があるのだろう。今回は大人しく医師の言葉に従っている。珍しいことだった。
「…ねえ!そういえば昨日の部活はどうだったの?」
るちの言葉に霧野の歩みが止まった。
昨日の部活は、もはや練習どころではなかった。
天河原との一件で反フィフス派に天馬、信助に続き三国、そして神童が加わった。そして結果的に彼らは天河原の十一人、そして雷門の七人の敵に打ち勝った。
しかし、それは雷門が本当にフィフスセクターに逆らうという反抗声明でもあった。
これから本当の意味でフィフスセクターは雷門を潰しに来る。サッカーが本当に、出来なくなってしまう。
それを恐れた残りの部員と神童達は意見の違いからミーティングルームで言い争いになり……結局フィフス肯定派の部員は練習をサボタージュしたのだ。
霧野もまた、練習に参加しなかった一人である。
しかしそんな事件など露知らず、部活の内容を聞きたくて仕方ないるちは期待した目で霧野を見つめている。
『――私も逃げないで、戦う!』
天河原の試合に現れた際に放たれた、るちの言葉が脳裏に浮かぶ。
一つ、確かめなければならない。霧野は思った。
「……お前は、サッカーを取り戻せると思うか?」
「何言ってるの?当たり前だよ!みんなが力を合わせてフィフスセクターを倒してくれればきっと…!」
「そうか…」
「……蘭ちゃん?」
アクアマリンの陰りに瞬時にるちは反応した。
「…ねえ蘭ちゃんも神童くんたちと一緒に頑張ろうよ。こんなサッカー、やってても詰まらないでしょ」
「……」
「私もね、最初は怖かったよ。だけどねやっぱり…」
「……簡単に言うな」
引き留めるように掴まれたるちの手を、霧野は振り払った。
「俺だって本当のサッカーをやりたい!だけど無理に決まってるだろ!あんな大きい組織にたった一組のチームで…!ましてや選手でもないお前が…っ!」
霧野はハッと我に還った。言い過ぎた、と気付く頃には全てを言葉に換えてしまった後だった。
るちはそうだよね、と困ったように笑う。霧野は言葉を失ったまま、俯いた。
「確かにあんな巨大な組織に立ち向かおうなんて、無理な話だよね。けれどさ、そんな無茶苦茶なことも出来る気がしてくるんだ。神童くんたちを――天馬くんを見てると」
天馬。松風天馬。全ては彼がサッカー部に入部したことから始まった。
脅威を知らない純粋な心がまるで台風のように周囲を巻き込み、導いていく。るちもまた、天馬に魅せられた一人なのだ。
「それにね、私もう一つ決めたの。私はフィフスセクターに勝つだけじゃない…水衣にも、勝ちたいの。水衣に抱いてた怖い気持ちを乗り越えたい。それでまた、」
仲の良かった二人に戻りたい。るちの目は明るい光を灯していた。かつての優しかった兄を思い浮かべてか、彼女の顔は心なしか微笑んでいるようにも見える。
今ではもう兄の気持ちが見えない。いや最初から分からなかった。だがるちは兄を純粋に尊敬していた。憧れていたのだ。ただ兄の豹変ぶりに、その分の感情が恐怖へと質を変えてしまっただけで。
しかし何年も燻り続けたその恐怖をるちは今越えようとしている。
「だから、頑張るよ。フィフスセクターにも水衣にも勝ってみせる」
霧野は昔を思い浮かべる。セピア色に染まった幼少期。寂れた公園でサッカーに勤しむ自分。その傍らで泣いていたひ弱な少女は、もうそこにはいなかった。
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