溶け合った心と矛盾


「経過は順調。もう少し様子を…」
「もう大丈夫だよー…元気元気」
「あのね悦田さん。今は安定してるけどあなたの病気はいつ再発するか分からないの。だから定期的に検診しなきゃだめなんです」
「でも大したことないじゃん」
「自覚症状がないだけ。ほら、次は三ヶ月後に来なさいよ」
「はあーい」

眼帯を施されたるちは一礼するとそのまま診察室を後にした。
すれ違うたくさんの病人、怪我人。稲妻町にあるこの総合病院は連日大勢のの患者で溢れている。
しかし長い待ち時間を堪え忍んだ末にようやく解放されたるちの軽快な足取りは、患者で溢れ返る病院にはいささか…いやかなり不釣り合いだった。

まだまだ軽快なステップを踏む中庭を進むるちの目にあるものが止まる。木の影でひらひらと風に揺れる紫色の学ランだ。思い当たる人物は一人しかいない。

「あ、剣城くんじゃん」
「お前っ、何でここに…!?」

「京介、友達かい?」

すると木の影から穏やかな声がした。車椅子に乗った青年がるちに向かって微笑んだ。雰囲気は違えど、その傍に立つ後輩と顔かたちがそっくりで、るちは目を丸くする。

「え、え、え…?もしかして剣城くんのお兄さん?」
「うるせえ帰れ」
「京介。女の子に乱暴な言葉遣うな」
「あはは、大丈夫ですよー。慣れっこですから!私、剣城くんの先輩の悦田るちです」
「先輩ですか。俺は剣城優一。いつも京介がお世話になってます」

優一と丁寧に挨拶を交わしながら、一瞬だけるちは剣城に向かってにやにやと嫌な笑顔を浮かべた。
…嫌な奴と鉢合わせてしまった。剣城は兄に聞こえないよう舌打ちした。



「へえ。サッカー部のマネージャーを…」
「えへへ、そうなんですー」
「ところで悦田さんはどうして今日病院に?」

木陰で優一と会話しつつ、るちはこの状況を楽しんでいた。
フィフスセクターのシードとして雷門を潰そうと企む剣城が兄の前では自分を牽制することも出来ず、ただ黙って立っている。これは貴重な体験だ。ただ剣城の睨みが怖いが、それはスルーしよう。
先程の優一の問いかけにるちは右目の眼帯を指しながら答えた。

「病気の検診です。えと、病気って言っても特に支障はないし、好きなこともちゃんと出来るし、全然平気なんですけどね」

と、るちは笑う。優一は好きなことか…と呟き、眉を下げた。

「…昔は俺も出来たんだけどね」

こんな足じゃ今はね、と優一は苦笑した。
…車椅子に座る彼の足にはたくさんの傷が衣服の下に隠されているのだろう。そしてその足の傷よりも更に深く心に刻まれた、果てることのない絶望。
それを考えて、るちは押し黙った。

「兄さん。俺、先輩をそこまで送って来るよ」
「え、ちょ…!」
「うん。悦田さん、京介のことこれからも宜しくね」
「あ、はい!もちろんです!それでは失礼…痛い痛い!ちょっと引っ張らないでよ!」



バン!と、乾いた音がるちの耳に響いて、思わず目を瞑った。
連れ出された先は人気のない病棟の裏だった。壁に追い詰められ、剣城の威嚇するような顔がすぐ目の前にある。顔の横に手をつかれ、もはやるちに逃げ場はない。いや逃げだそうとも、彼女は思わないのだが。

「お前、兄さ」
「お兄さんのことは誰にも言わないよ」

予想外のるちの言葉に剣城は驚いた。

「…何企んでる?」
「何にも企んでませーん」
「……信用出来ねえ」
「信じてくれなくてもいいよ。…あんたが何でシードやってるかも、何となく分かっちゃったし、それに」

お兄ちゃんって大事だもの。一瞬だけ悲しそうな表情を見せると、るちは剣城の腕を潜り抜け、それじゃあねと残し去って行った。

彼女の残した言葉が頭の中で幾度となく繰り返される。剣城はるちの影が消えるまで、彼女の背をぼんやりと眺めていた。



あれからすぐに病院前で待っていた黒木に連れ出され、剣城はフィフスセクター本部を訪れることになった。聖帝との謁見を終え、薄暗い廊下を歩いていると、本部内に住まう上司の姿を見つけ、声を掛ける。
水衣は振り返り、いつもの微笑みで剣城を迎えた。

「呼ばれたのかい?イシドさんに」
「ええ。まあ…」
「次のホーリーロードで雷門を潰せって?是非ともやってほしいな。目障りなんだよ、反逆なんて」
「あの、水衣さん」
「なんだい剣城くん?」
「水衣さんは…兄弟って、大事ですか?」

剣城の問いに、水衣は一瞬だけ目を見開くと、またいつも通りの微笑みを浮かべ、答えた。

「僕は家族が嫌いだ。同じように僕もあいつらに見放されて、此処にいる」
「……」
「皆僕を裏切ったからね。大事にすればするほど、皆僕を拒絶する」

だから……最初から愛さなければ良かったのにね。翡翠の目がほんの一瞬見せた悲しみは、先程出会った少女のそれと、やはりよく似ていた。

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