星を砕く夜
雷門が天河原に勝利したその数時間後。珍しく水衣はその彫刻のような気品ある顔に怒りを張り付けながらフィフスセクター本部の広間にやって来た。
常時薄暗いその空間の中心には球体を模したホログラムが浮かんでおり、少年サッカーの試合をいつでも監視出来るようになっている。その奥、その段の最上に、我らが王は鎮座している。
「水衣、どうした」
「どうしたもこうしたもありませんよ。イシドさん、何であの男を雷門の監督にしたんです?あの試合、あんな結果になるなんて予想出来たでしょうに」
「さあ、何の話だろうか」
「とぼけないで下さい。ただでさえ危険因子の雷門中にとんでもない爆弾を送り込んでおいて…ともかく、あの男を即刻処分して下さい。このままだとフィフスセクターの秩序が――」
「珍しいな水衣、お前がそんなに喋るなんて」
イシドの言葉に水衣はぐっと黙った。
この男は、いつもこうだ。全てを見透かしてしまう。
あの黒い瞳の前では道化の少年でさえ、その人間らしい怒りや悲しみといった感情が曝け出されてしまうのだ。
水衣は目を伏せ、いつも通りの道化の皮を被り、造り物の笑みをその唇に描く。
――慌てるなんて、僕らしくない。
そう、あんな男一人が反旗を翻そうたって、フィフスセクターは自分の信じるこの組織は巨大であり強靭だ。恐れることなど杞憂にしかすぎない。
「ま、いいですよ。あなたも少し遊びたいんでしょう。いらぬ心配でしたね。申し訳ありません、失礼します」
にこり、と笑って水衣はイシドに背を向ける。しかしその歩みをイシドは止めた。名を呼ばれた水衣は振り向かずに、何でしょう、と尋ねる。
「お前、あの男が恐いのだろう」
王が笑った、ような気がした。
*
「僕があの男に恐怖しているだって…?」
自室に戻り、水衣はベッドに腰掛け呟いた。珍しく明かりのついたその部屋は壁、天井、家具に至るまで水衣の好む白に統一され、照明の明るさもあって清らかに光っている。
水衣は半年以上、フィフスセクター本部内にあるこの部屋で何不自由なく暮らしている。家にはもう一年帰っていない。フィフスセクターが何か手を打ったのか、はたまた死亡したことにされたのか定かではないが、そんなこと水衣には微塵も興味がなかった。
あの男――円堂守。
雷門中の輝かしい歴史を創ったいわば最初の男。あの男の思想に雷門サッカー部は揺れ始めている。
水衣は円堂のような人間が苦手だった。嘘偽りなく、周囲を明るく照らす太陽のような人物。その光に照らされた人間たちはたちまち彼の示すところへと導かれていく。
あの男を太陽とするならば、自分はさしずめ海底に沈んだ翡翠だろう。
冷たく暗い、光さえ届かない闇の中でそっと息絶える、輝きを失った翠の星……
水衣は自分の思想をおかしそうに笑った。
反逆する太陽ならば沈めてしまえば良い。深い深い闇の底へ。光ることを投げ出したくなるほどの息苦しい黒い海に。そのためのフィフスセクターであり、そのための、僕だ。
水衣は机に仕舞ってあった小さな箱を取り出し、蓋を開けた。白い空間の中でこれだけが惨めに薄汚れている。
ゴムで出来た白と黒の破片――サッカーボールの残骸だ。
その破片には拙い字でこう書かれていた。
『水衣お兄ちゃんへ。るちより』
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