この眼が映せないもの
「どうしてあんなプレイをするんですか!」
はっ、と彼女は我に還った。天馬が叫んだ。皆の視線が天馬に集まる。三国先輩も車田先輩も天城先輩も南沢先輩も、霧野先輩も倉間先輩も速水先輩も浜野先輩も…キャプテン!何で本気で戦わないんですか!…言葉が。天馬の言葉が、轟いて響いて、突き刺さるように胸に押し寄せた。只の“言葉"だというのに…何かが込み上げて、くる。
「先輩達が本気を出せば、栄都学園の守りなんか簡単に崩せるじゃないですか!なのに何で!何で本気を出さないんですか!先輩達は負けてもいいんですか!?」
「いいのよ。負けても」
意外にも割って入ったのは音無だった。
「天馬君達にはまだ言ってなかったけど…この試合は初めから3対0で雷門が負ける事が決まっているの」
「え…負ける事が決まってる?」
「どういうことですか…?」
新しく入った部員は一斉に首を傾げる。周囲には不穏な空気が漂った。葵の問いに音無は小さく息を詰まらせ、何か諦めたように。握っていた拳から力を抜いた。
「フィフスセクターは知ってるわね?」
「はい。日本のサッカーを管理しているところだって、」
「ええ。でもただ管理していだけじゃないの。フィフスセクターは試合の勝敗を点数まで決めて、勝敗指示として各学校に通達してくるの」
「何でそんな事を!?」
「秩序を、守るためだよ」
るちの喉から咄嗟に言葉が溢れた。さっき込み上げてきたものとは、これだったのだろうか。悲痛な面持ちで彼女は自問する。しかしやはり、答えはない。
「るち、お前…」
「ごめん水鳥」
水鳥の鋭い視線をるちは直視出来ずに目をそらした。音無が彼女の肩を優しく叩き話を続ける。
今は学校の価値がサッカーの強さだけで決まる時代。弱ければ見向きもされない。だから、どの学校にも公平に“勝ち"が回るようにフィフスセクターが勝敗指示を出しているという事。そして、指示に従ってさえいれば勝ち試合が来て学校も評判を維持できる事。
それを水鳥は八百長だと批判した。それを肯定した上でその事を知っているのはサッカーに関わっている一部の人間だけ。それが今のサッカー界の実情なのだと音無は口にする。
「初めから点数が決まってるなんて…そんなのサッカーじゃない!」
「お前に何が分かる!」
突然の神童の怒号に、天馬は肩を揺らす。
「お前に何が分かるんだ…!俺達がどんな気持ちでサッカーをやってるのか、三国さんがどんな気持ちでシュートを入れられているのか…お前に分かるのか!」
天馬に言葉を矢のように投げ掛ける神童の顔は悲痛に歪んでいた。不穏な薄闇が周囲を取り巻く。音無の隣に立つるちが辛い表情で二人のやり取りを眺めていた。もうすぐ、後半が始まる。
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