嘘になってゆく記憶ばかり
栄都学園との練習試合当日。
るちは沈みきった表情で、初めての試合に臨む無垢な一年生の姿を眺めていた。
彼らは本当のことを知ったらどう思うのだろう。落胆するのは目に見えている。彼らのこれまで培ってきた努力が、何もかも踏みにじられるのだ。
この試合の勝敗は既に決まっていると、知ったら。
「何暗い顔してんだ?」
「う、ううん。何でもないわ」
「二人とも。もうバスに乗ってだって」
「あ、私今日苺ポッキー持ってきたの」
「遠足かよ、ガキだなあるち」
「ふふ。かわいい」
「もう、あげないよ?」
水鳥と茜と会話しながらバスに乗り込む。バス、と行ってもサッカー部専用車で(一体サッカー部の部費はどうなっているのか、不思議で仕方なかった)白と青を基調としたデザインで一目で雷門と分かるロゴマーク付きだ。ややあってバスは栄都学園へ向け出発した。
*
練習試合にしてはかなりの人が観客席に押し寄せていた。元々栄都学園は大きな学校だし、グラウンドも観客席も広い。だからこれくらい来て普通なのかもしれない。適当に自己完結させつつ、るちと他のマネージャーたちはドリンクとタオルを準備していた。その間、選手たちもジャージからユニフォームに着替え、神童が選手を率いてグラウンドへ飛び出す。
「信助!天馬!頑張れー!」
「絶対勝てー!」
素直に応援の言葉をかける葵と水鳥。茜を含め、彼女らも勝敗指示のことは知らない。じわりと背徳感がるちの内側を蝕む。無知は罪ではない。しかし彼女がこれを黙っていることは決して良いことではなかった。
試合開始のホイッスルが響く。
雷門のキックオフで前半が開始された。倉間から神童にボールが渡り、浜野、南沢へと繋がる。そのままゴールへ上がっていくが、栄都の必殺技・シーフアイによってあっさりとボールは栄都へと渡った。栄都側からの要求だろう。神童にひっついてる栄都のキャプテンがこっそり指示を出しているのはフィフスのサッカーを知る者達から見れば明白だった。それから何回か雷門がボールをキープするも栄都に奪われ続け、そして遂に。
「パーフェクトコース!」
「…バーニングキャッチ!」
三国が必殺技を出すもゴールは破られ、栄都学園一点先制。備え付けの巨大なデジタルボードの数字が0から1に変わる。るちは無意識に奥歯を噛んだ。
*
観客席から立って試合を眺める男が居た。男は明るいカラーの入ったジャージに、オレンジのバンダナ。細身で丸い目をした男はぽつりと呟いた。
「これが、雷門…」
その時、自分の背にとさりと軽い衝撃が走る。後ろを向けば一人の少年が自分にぶつかったのだと気づいた。
「すいません。よろけてしまって」
「大丈夫か?」
「ええ。ただの立ち眩みです」
白を基調とした一風変わった詰襟姿の少年が笑った。中性的な顔立ちの少年は男の隣に立ち、グラウンドを見下ろした。この少年も今サッカーの試合をしている子供たちと同じ位の年齢に見えた。男はぼんやり思う。
「雷門中、負けるんですかね」
「どうかな」
「僕は負けると思います」
「どうしてそう思う?」
「どうして?最初からそう決まっているからですよ――円堂守さん」
少年が名乗ってもいない自分の名を呼んだ。この時、彼の唇が三日月のように歪んだのを、男は見逃さなかった。
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