その笑顔は生ぬるい


薄闇の中、1人背を向け佇む人物に剣城は声を掛ける。自身の名を呼ばれたその少年は振り返ることはなかったが右手を挙げて反応を見せた。仄暗いこの部屋は彼の為に与えられたものなのだが、備え付けの簡素な家具は全て取り払われ、白い色で纏められていた。そういえば彼は白が好きなのだと前聞かされたことがある。現に彼が今着用している服も汚れのない白い詰襟だった。

それで、僕に何か用かい?彼の声で剣城は我に還る。…その前に電気くらい着けましょうよ、剣城がスイッチに手を伸ばすと、彼が制止した。

「だめだめ。考え事をする時は暗い方が落ち着くんだ」

白い椅子に腰掛け、机に肘を置く彼の瞼が閉じられたのが分かった。あ、君も座ったら?と向かいの椅子を指されたため剣城も椅子に腰掛ける。それでもなお長い睫毛に縁取られた瞼が開くことはない。

「…今日、あなたにそっくりな奴と会いました」
「へえ。どんな奴だった?」
「俺より1つ上の、女です。雷門サッカー部マネージャーで」
「顔がそっくりだったのかい?」
「ええ。最初あなたが女装しているのかと思いした」
「女装かあ、はは。自慢じゃないが僕は素でも女の子に間違えられるのになあ…そんなに似ていたの?」
「はい」

剣城と、彼の付き合いは長い。剣城がまだ組織に加わった間もない頃、世話役として彼についたのが紛れもない目の前の白い少年だった。当時はまだ彼も今の地位に君臨しておらず、普通のシードだった。
思ったよりも馬が合い、現在彼は世話役の任から外れたもの、時折剣城は彼の元を訪れては言葉を交える。

自分とそっくりな人間の話がそんなに面白いのか、彼の目は閉じたままだったが口角はつり上がっていてまだかまだかと剣城の言葉を待っている。

「ね、その子の名前はなんていうの?」
「…確か、」
「うん」
「悦田、るちだった気がします、」

その時、閉じられていた彼の瞳が勢いよく見開かれた。長い睫毛に縁取られた翡翠の目が揺れている。予想外の反応に剣城も戸惑った。知り合い、ですか?絞り出した声に彼は乾いた笑い声を発した。

「知り合い?彼女と僕は、そんな、簡単な関係ですまされないよ。ああなんだ、そこにいたのか。…だとしたら、彼に着いて入ったんだろうな。はは、ほんとに単純。ほんとにお馬鹿さんだなあ」

白い少年は立ち上がり、唇を歪ませて笑う。懐かしむかのようなその言葉。愛に満ちたその表情。しかし彼の翡翠の双眸は狂気と憎しみに濡れていたのを剣城はまだ知らなかった。

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