目線は忙しなく空を泳いでいる。ソファに腰掛ける迅の前で#2#は落ち着かない様子でいた。唇を噛み、何か言いたげに喉を動しているが、声として放たれる事はなく不定形な形のまま奥底へ沈んでいく。
自分の前では珍しくしおらしい弟子に迅は首を傾げるばかりだ。どうした?と問えばびくりと肩を揺らし、急に視線を床に落とした。

「あ、あの迅さん…」
「なに?」
「え、えと……いや何でもないです」

何でもあるだろうに。思わず迅は苦笑した。相変わらず#2#の目線はあちこちに飛んでは揺れている。すると、その背に彼女が隠した小さな箱の存在を捉えた。薄い青に茶色のリボンが巻かれているが、結び目は決して綺麗とは言い難い。不器用な彼女が自ら結んだのだろうと推測する。
そういえば昨日の午前中に#2#が支部の台所で何かを作っていた記憶があった。やけに甘ったるい匂いが充満していたので陽太郎がお菓子をくれるのでは、としゃいでいて、#2#がひた隠そうと焦っている様子が脳裏に浮かぶ。
チョコレートの匂いが鼻腔をついて、迅の思考は漸く一つの答えに辿り着いた。と、同時に口角はつり上がる。よく目を凝らせば#2#自身の指先には赤く滲んだ切り傷と数枚だけ巻かれた絆創膏が目立った。
#2#、それは何?
少し意地悪気な微笑と共に迅は尋ねた。

「…た、ただの、箱です」
「ふうん。中身は?」
「何だっていいじゃないですか」

柔らかそうな唇を突き立て、#2#はさも罰が悪そうな顔をする。
迅に指摘され言い出そうと意を決したものの、彼の意地悪な顔に思わず口角をひん曲げてしまった。しまった、と後悔するも時既に遅し。これではいつもと同じである。

「もしかして、奈良坂に渡す奴?」
「…えっ!」

#2#の頬にふわりと赤みが浮かび、瞳に潤みが増す。だが、迅の表情が少し翳ったことに、彼女は気付かない。
迅は腰を上げて#2#の背に隠れた箱を強引に取り上げた。結び目もリボンの切り口も解れかかっており、見れば見る程不恰好な形をしている。緩く結ばれたそれを解き、箱を開くとココアの掛かったトリュフチョコレート、と思しき歪な物体が目に付いた。
ちょっと、返して下さい!
#2#は声を荒げて迅から箱を奪おうとするが約30センチの身長差では取り返すことは叶わない。
いつもの彼ではない、と#2#は漸く理解した。怒っている、と直感的に思った。しかしその理由まではどうしても分からない。突然の変貌に#2#は困惑するばかりだ。
箱に収まる一つを摘まむと迅は無理矢理#彼女の口に押し付ける。

「ん…んん…っ」

チョコレートが口腔に押し込まれるとココアがほろ苦さと共に舌に張り付いて息苦しい。何するんですか。と#2#は声を上げるため、口を開くが、それは叶わなかった。
視界が一瞬仄暗い影に犯される。
唇に柔い温かさが灯る。それが迅のものであると、#2#の脳内が答えを導き出したが困惑と喫驚で思考は直様白く還った。
甘ったるい味が#2#の中を蹂躙した。口付けは中学生の少女には重たすぎるほど深かった。
長い舌が口内に侵攻し、荒々しく這いずり回って歯列をなぞる。どうにか逃げようと腰を引くがいつの間にか後頭部を押さえられていて、最早#2#に逃げ道は無くなった。柔く温度のある舌と舌が触れ合うと心臓が気味悪いほど跳ね上がり、時折鼻掛かる吐息は徐々に脳を溶かした。#2#は受け止める事にいっぱいいっぱいで、瞳は扇情的に濡れそぼっている。
どうしてこんな事になっているのか、思考が追いつかない。
彼の舌がある一つの点に触れると感じた事のない熱さが腹の奥底から込み上げる。不思議な感覚だった。自然と変な声が喉から漏れてしまう。もっと感じてみたいと思う反面、薄っすらと恐怖が染みた。
#2#の反応に気を良くしたのか、迅はそこばかりを重点的に突いてくる。頭の中で電気が弾け、視界がくらくら揺れ始めた。
すっかり腰の抜けた#2#から迅は漸く唇を離す。チョコレートは既に溶けて喉の奥に消えてしまっていた。
乱れた息で蕩けた顔の#2#は迅を煽る他ない。

「……ごめん、ちょっと妬いた」

珍しく余裕の無い顔で、掠れた声の迅が言う。再び唇が落とされる時、#2#の身体はソファに沈み、視界は反転していた。
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