青い髪が見えた。空のように澄んだ淡い色ではなく、宝石の煌めきに沈む、深く鮮やかなあおいろである。ムラクは友人と思われるその小さな頭を紫の手袋をはめた手でぽんと叩きながら、何をしているのか、と尋ねた。
「…えっ、だれ?」
突如発せられるソプラノにムラクは目を丸くする。その髪の持ち主、つまりムラクが声を掛けた人物はムラクの友人ではなかった。更にはロシウスではなく敵国であるジェノックの少女兵である。制服の色で仲間か敵か簡単に判別出来る筈であるのに、そうしなかったのは少女の髪色とムラクの友人のそれがよく似ていたからであろう。
「あの…何か?」
「…いや、すまない。人違いだった」
怪訝そうに自分を見る視線を受け、ムラクは素直に謝罪した。
しかしこの少女、瞳の色は違えど、瞳や顔の細部が友人に驚くほど似ていた。思えば彼は度々少女に間違われることがあった記憶がある。ムラク自身も彼と初めて出会った時、何故女子が男子の制服を着用しているのか、と彼に直々に尋ねたものだった。
「あの、何?人の顔じっと見て」
少女がますます顔を顰める。
「…友人によく似ていると思って」
「あなたの友達?そんなに似ているかしら、私」
「ああ。男子だが、君にそっくりだ。髪色や顔の形から、何から」
「…へえ」
何故か口を尖らせる彼女にムラクは疑問符を浮かべる。するとちょうどその時、少女の持つ携帯がメールを知らせるメロディーを奏でた。パネルをタッチし、受信した情報を慣れた手つきで読み取る。電源を落とすと彼女はベンチから立ち上がった。
「呼び出されちゃったから失礼するわ。それじゃあねロシウスさん、また会えたら話しましょう」
少女はムラクを横切り、階段を軽やかに駆け下りていく。すると、ちょうどその時聞き慣れたボーイソプラノがムラクの名を呼んだ。深みのある青い髪、今度こそ本当にムラクの友人である。
「スイ、そんな所にいたのか」
「ちょっと昼寝してて、そしたらムラクの声が聞こえたから…誰かと話してた?」
「…ああ。お前にそっくりなジェノックの人間にあった」
「へえ、僕にかい?」
「女子だがな。お前と見間違えて話しかけてしまった」
「ジェノックの女の子ね……そうだね、僕にそっくりな奴はいるよ」
スイは大きく伸びをしながらムラクへ歩み寄る。知り合いなのか?と問うムラクにスイは穏やかな笑顔で首肯した。知り合い、というには遠すぎるかな。翡翠の瞳を細めて、彼はなぜか悲しそうな色を顔に浮かべる。どうしてそんな顔をするのだろう、疑念を抱きながらもどこか儚げな横顔をムラクはぼんやりと眺めていた。