羽慧にとって練紅炎という男は主人であり父であり神であった。身寄りのない自分を拾い、混血であるというのに煌の人間を証明する名前を付け、そして今まで傍に置いて育て上げてくれた。戦で身体は傷付き、両脚はもう永遠に失われてしまったが羽慧は何も悲しいとは思わなかった。紅炎の下で紅炎の為に尽くせることが彼女にとっての至高であったからだ。
「お前を普通の娘として育てたら、どうなっていただろう」
庭園を眺める主人の思いもよらぬ発言に羽慧はぽかんと口を開けた。紅炎様、僕は一応女子ですが。疑問符を浮かべる羽慧に紅炎はそういう意味ではない、と言葉を付け加える。
「お前に闘いの術を教えなかったらということだ」
「…紅炎様」
「そんな人生もあったはずなのだ、お前には」
「….きっと紅炎様が普通の女子として生きろと言っても僕は紅炎様のお傍で武器を奮っています。僕の幸せは貴方の元で仕えることだから」
貴方に頂いたこの命、すべて貴方の為に燃やし尽くしましょう。羽慧は片膝をついて深く頭(こうべ)を垂れた。暫くの沈黙の後、そうか、と紅炎の低い呟きが鼓膜を揺らし、羽慧はひっそりと微笑んだ。
いつだって、世界の中心は貴方なのだ。何も知らない僕の手を引いて、ここへ連れて来てくれたのだから。だから貴方に着いて行く。地獄へ行こうとも衰えていこうとも、その手が僕を殺そうとも。