温もりの白

防衛任務も終了し、基地へ別件の書類を届けた後、メルカは一人帰路へ着いた。空はとっくに夜の帳が降り注ぎ、刺すような寒さが三門市全体を包み込んでいる。手袋をはめていない手はすでに仄赤くなっており、息を吹き掛けては擦り合わせて暖をとった。遠くから木霊する賑わいがメルカの鼓膜に柔らかい音となって触れる。

今日は神の子と崇められる異国の男の誕生日であり、男の創り出した教えを信じる世界の国々ではご馳走を囲んで家族の繋がりを認識する日だ。無宗教国家である日本では今日この日を家族と過ごすより、恋人と過ごすのが主流となっている。それは三門市も例外ではなく、現に繁華街では明るいネオンの下、カップルが犇き、温かな時間を築いている。手を繋いで、美味しい物を食べて、共有出来る幸せに微笑み合うのだ。
メルカの足は暗い路地裏を進む。家への帰路だ。壊れ掛けの街灯がじりじりと身を震わせて、頼りない光をアスファルトに落とす。

「あ、いたいた。メルカ」
「え…迅、さん?」

よく知る声にメルカは顔を上げる。先程支部で別れを告げたはずだった迅が、自分の前に現れたことに動揺を隠せなかった彼女の声は妙に上ずっていた。他に誰がいるんだよ、と迅は歯を見せる。

「あ、もしかして今日は家族で過ごすの?」
「いえ、母は夜勤でいないので…」
「それは丁度良かった」
「え?」
「探してたの、メルカを」



路地裏ではなく、何故か繁華街をメルカと迅は闊歩していた。予想通り道は男女の番いで溢れ返っており、イルミネーションの点滅が目に刺激を与える。それよりも気掛かりなのは目の前を歩く迅の背中である。彼の手はメルカの冷たくなった手を引いて、人混みをすいすいと進んで行くのだ。いつもの青い上着にはボーダーのマークが刻まれていて、嫌でも目立つ。振り返る人間の視線が気になってメルカは迅を呼んだ。

「何?」
「迅さん、目立ってますよ」
「こんな夜の繁華街で中学生の女の子を連れ回してれば誰でも目立つよ」
「…通報されちゃうかも」
「大丈夫だって。心配性だなあ」

迅はメルカを連れ立って繁華街を抜けた。そのままぐんぐんと暗い夜道を道を進んで行く。暫く道形に進み、そして漸く足を止めた。辿り着いたのは程なく警戒区域に近い、小さな公園だった。
僅かな遊具と一つの街灯が忘れ去られた記憶の一片のように、静かに其処に眠っている。
ちかちか、と錆びた街灯が硝子の内側で火花を散らしては白と橙の光を煌めかせた。
此処で何をするんだろう、とメルカは迅を見た。手は迅の掌の熱により、程良い温かさを取り戻していた。

「あ、ほら。見て」
「え?あ…ゆき…」

迅の指す方向、鉛色の重たい空から、はらはらと真白い粉雪が降り注いできた。ゆっくりと地へと落ち、冷たい地面の上で溶解する。その姿はさながら花弁のように儚げで美しい。
メルカの見る、今年初めての雪だった。

「メルカ雪好きだろ?去年、積もったらきゃっきゃ騒いでたからさ」
「好きですけど……きゃっきゃは騒いでません」
「あれ?そうだっけ」
「そうですよ」

張り詰めた透明な空気の中に息が色を灯して融解していく。雪はいつの間にか、僅かに地面に蓄積していた。黒く冷たい地面に柔らかく降り積もっている。きめ細やかで、粉砂糖のようだ、とメルカは思った。
サイドエフェクトで見えてたんですか?今日雪降ること。頼りない光を零す街灯を目にメルカは尋ねた。

「んー、まあね。だからメルカに見せたかったの。出来るだけ静かな所で。お前煩いの苦手だろ?繁華街とか」
「……へ、へえ…」
「あれっ、照れてる?惚れた?」
「調子に乗らないで下さい」

そっぽを向くメルカに釣れないなあ、と迅は笑う。

「でも、あの…嬉しい、です…あ、ありがとう、ございました」

徐々にか細くなる呟きを受け、ニヤリと笑う迅の顔を見るまいとメルカは首を捻る。
しかしマフラーに埋めた彼女の頬が切なげな赤を灯しているのを迅は見逃さなかった。その色に彼はますます機嫌を良くして、小さな頭に手を添える。
子供扱いしないで下さい、と楯突くメルカの口調は、いつにやく柔らかい。




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