無垢な悪魔

本部で太刀川さんとばったり会ったのがまずかった。時刻は夕刻を過ぎたあたりで、時間も時間だし飯でもどうだと誘われて二つ返事で了解したのだが、弟子を連れていたのをすっかり忘れていた。太刀川さんはすかさず「真城も来いよ」と一応彼なりにメルカに微笑みかけたが、太刀川さんを大の苦手とするメルカは心底嫌そうな顔をして俺を睨んでいた。何でこいつとご飯行かなきゃ行けないんだ馬鹿師匠。眇めた夜色の瞳がやけに刺々しい。

「真城、来てくれたら今回は奢るぞ」

すると、どうだろう。先程までの露骨な嫌悪は何処へやら、ぱあっと顔を明るく輝かせ、高揚したソプラノは「はい是非!」と口にするではないか。
――なんて現金なのだろう。
俺は苦笑を浮かべつつ、輝かしい笑顔を貼り付けたメルカと共に太刀川さんの行きつけの店へ同行することとなった。

「真城…お前、食べ過ぎじゃないか…」

太刀川さんの頼りない声がもうもうと上がる煙の中に溶けて消えていく。
真っ青な彼の顔など気にも留めず、メルカはさくさく箸を進める。テーブルの中央に位置する網の上に肉が絶え間無く追加され、食器の接触音と油の跳ねる音が鼓膜を叩いていた。
太刀川さんの行きつけは何の変哲もない、安価が売りの焼肉屋であった。ボーダー本部近郊にあるこの店には何度か来た事があるし、メニューもそんなに嫌いではない。
だが、箸がこうも進まないのは弟子の異常な食欲に一因がある。

肉を載せていたプラスチックの皿を傍に積み重ね、メルカは一度お冷に口を付ける。皿は10を越えたところで数えるのを諦めた。

「成長期で食べ盛りなので」
「盛りすぎだろ…」
「ああ…えーと太刀川さん。こいつよく食べるんだよ、本当」

メルカは小柄で華奢な癖に、成人男性以上に食べる。彼女の食べっぷりはよく知っているが、毎度毎度この細っこい身体の何処に収まるのか、問い質したい衝動に駆られる。メルカの胃はブラックホールに直通している、と先日京介が小南を騙してからかっていたが、秀逸な例えすぎて笑えなかった。
ライスをぺろりと平らげ、カルビを順々に焼き始めるメルカは小悪魔さながらに微笑む。

「これでも太刀川さんのお財布を心配して遠慮してますよ」
「定食四人前の何処がだオイ」

太刀川さんはとうとう頭を抱え出した。
真城の食欲は黒トリガー並みって噂は本当だったんだな……。
――おいおい、どんな噂だ。
掠れた声を吐きながら財布に残る札を数える太刀川さんには酷く哀愁が漂っていた。ボーダーのトップ、A級一位に君臨し続ける孤月使いの男もトリガーを離せば、単位の危ないただの大学生である。
彼の財布の中に諭吉の存在は確認出来なかったが、英世さんが4、5人いればなんとか収まるだろう。首の皮一枚繋がった太刀川さんは何処かほっとした様子だ。

「太刀川さん、ついでにおれも奢ってもらっていい?」

牛タンを頬張りながら尋ねてみると、一瞬の間の後に思いっきり殴られた。


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