あたたかな世界で僕は

「ユーマくん、おはよう」

背中に大人しいソプラノが投げ掛けられ、ユーマは振り返る。立っていたのはメルカで、何時もと同じく黒いセーラー服を纏っている。
ここ最近玉狛に入ったユーマはじめ修と千佳は来たる入隊日まで各々の師の元で特訓を重ねている。同年代が入隊したことはメルカにとってとても喜ばしいことだった。そして今日はユーマが1番乗りらしい。

「はやいね。ご飯食べた?」
「まだ。メルカは?」
「私もまだなの。コンビニで買って来たから、良かったら一緒に食べよう」
「ほう、こんびに」

ビニール袋に入った食料をメルカはユーマの前に差し出した。覗き込むと三角の形をした黒いものや液体の詰まる長方形が詰め込まれている。これはなに?ユーマはその中の黒い三角形を手に取り感触を確かめてメルカに問う。

「何って…普通のおにぎりだよ?コンビニの」
「オニギリ…日本の食べ物なのか?」

頭上に疑問符を浮かべながら、薄いビニールに包まれたおにぎりの感触を楽しむユーマにメルカは喫驚した。日本人なら誰もが知ってる庶民の代表食を、ユーマは初めて目にしたようだ。
しかしその驚きも胸の中ですぐに昇華されていく。ユーマは確かに同い年の中学生だけれども、彼はむこうの世界からやって来た、近界民なのだ。
おにぎりのビニールを力任せに破って一口。ぱりぱりと海苔の破ける音がした。柔らかい米と海苔の感触に美味しいなこれ、と目を輝かせたユーマは食べ掛けのおにぎりをまるで異国の珍しい食物のように見つめていた。
あまりにも美味しそうに食べるものだから、メルカは不思議そうに目を眇めた。
ユーマはいつの間にかペロリとおにぎりを胃に収めてしまった。中身のオレンジ色のが美味しかったと満足そうにしている。鮭のことだろうか。メルカは彼の指すオレンジ色の具を連想してみる。

「ユーマくん…良かったら私のもあげるよ」
「…いいのか?」

遠慮がちな声だったが、紅玉はもう一つのおにぎりを見つめて一際輝きを放っている。本当は朝あんまり食べないし、飲み物もあるから平気。メルカは頷いた。

「これ、飲み物?四角いけれど」
「紙パックだよ。こっちは中にミルクティーが入ってる。袋の中のはレモンティーだったかな」

青い紙パックと黄色の紙パックを左右に持ってユーマは交互にそれらを見た。みるくてぃー?れもんてぃー?ユーマの口から発せられる声は異国の知らない言葉を復唱しているように、かちかちに硬いままだ。
好きな方選んでいいよ。
メルカはユーマに選択権を譲ると「じゃあこっち」と青い紙パックを選んだ。ミルクティーである。

「すごいな、こんびにって。色んなものが売ってる」

紙パックの開封に四苦八苦しながらユーマは言う。
メルカはユーマの手からミルクティーを取り上げると紙パックの口を僅かに開け、透明なストローを突き刺して彼の手に返す。ここから飲むのか。ユーマはなるほどと頷いてストローの先を控えめに咥えた。

「甘くておいしい」
「ミルクティーだからね」
「れもんてぃーはどんな味するんだ?」
「…ええと、ちょっと酸っぱくて爽やかな感じかな」

ユーマは初めての味と感触に興味津々だった。おにぎりの旨みもミルクティーの甘さも彼の舌先に良い刺激となって触れて溶けて、そして彼の一部となって昇華されていく。メルカの手にあるレモンティーにも大きな興味を抱いているようでユーマの視線は黄色の紙パックに注がれていた。

「…一口飲む?」
「いいのか!?」

気に入ったならそのまま飲んじゃっていいよ。メルカが付け加えると「メルカはいい奴だな!」と満面の笑みでユーマはレモンティーの紙パックを受け取った。

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