アドレサンス

正隊員が集うランク戦スペースでは周りの観覧席も休憩所も多くの隊員で賑わっていた。A級上位の、人気隊員達の模擬戦闘でギャラリーは満杯、沸き起こる歓声と黄色い悲鳴の嵐にメルカは耳を塞ぎたくなった。これでは煩くて敵わない。
彼女は休憩スペースの席で課題を進めていた。迅を待っているのである。彼が本部で会議があるため、彼の弟子という理由で同行を余儀無くされたのだ。迅は本部その他色んな場所に弟子を連れ回すことを好む。それは一種の愛であるし、それに応えるメルカも少なからず迅に尊敬と師弟愛を抱いているが、今回ばかりは何故連れて来たと問い質したかった。隊員といえど受験生、大量の課題が出てるくらい察して欲しい。

「あれ、迅の所の弟子じゃん」

メルカの前に現れたのはA級1位と名高い太刀川隊の隊長、太刀川慶である。突然の登場に驚きながらも、数式を解く手を止めて軽く会釈した。
太刀川は戦闘体のままだった。背中から伸びる黒い布がひらひらと居場所なく風にあそばれている。太刀川隊の隊服は数ある隊服の中でも特徴的だとメルカは常々思っている。
師の所在を聞かれたので、会議に出席しています、と答えれば曖昧な返事をしながら何故かメルカの目の前に腰を下ろした。

「…何か御用でしょうか」
「そんな警戒するなよ。何やってるんだ?宿題?」
「…学校の数学の課題です」
「ふうん。見てやろうか?お前のとこの師と違って、俺はまだ現役学生だからな」

太刀川はひょいと数学の教科書を取り上げる。返して下さい、と顔を顰めれば問題の間違いを指摘された。マイナスとプラスが逆になっていた。

「俺も弟子がいたらどんな感じだったんだろうな。勉強とか教えてたのかも」
「さあ…試し斬りとかに使われて、可哀想な目に遭ってそうです」
「真城、さては俺の事嫌いだろう」

頬杖を突いて太刀川はメルカを覗き込む。満更嫌そうでもない、余裕に満ちた顔だった。子供に観察される箱の中の昆虫が脳裏に浮かび、メルカの眉間に皺が刻まれる。小馬鹿にされているような、そんな気がした。
時折自分を見つけては構いに来る太刀川にメルカは良い印象を抱いていなかった。此処まで嫌悪剥き出しで接しているというのに、この男はそれを承知で、しかも何処か面白がっていると手に取る様に分かる。
腕時計に目をやる。もうそろそろ迅の参加する会議が終わる時間だ。この男から離れたい、会議室に向かおう。メルカはノートを閉じて黙々と道具を鞄に仕舞った。

「真城、行くのか?」
「はい。もうすぐ会議が終わりますので」
「迎えに行くって?熱心なこった」

太刀川は未だ面白そうに笑む。
席を立って休憩ブースを離れようとした時、呼び止められて顔を顰めつつ太刀川の方を向いた。そんな怖い顔するな、と彼は曖昧に苦笑する。太刀川のそんな表情を見たのは初めてだった。

「迅は俺達とランク戦でバチバチやってた頃が最高に楽しかったって言うけど…正直、お前と一緒にいる方が何倍も楽しそうだよ」

それだけだ。と太刀川も席を立ってランク戦のブースへと向かう。再びランク戦に歓声が沸く。成る程、先程騒がれていたバトルは太刀川隊のものだったらしい。A級1位に君臨する隊のバトルなら盛り上がるのも頷ける。
メルカはありがとう、ともごめんなさい、とも、何と言葉にしていいか分からず頭を下げて踵を返した。太刀川の見せたあの表情に何の意味があるのか、彼女にはよく、分からない。









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