濃紺は徐々にその闇を晴らし、向こうの空が白んできた頃、寝袋に包まりすうすう寝息を立てていたメルカはガバイトに叩き起こされ、身支度も不十分なまま遺跡の前に立っていた。遺跡の、その真ん中に造られた門、ガバイトはそこに通じる地下へ行きたいらしい。
白んできたとはいえ空にはまだ星が見られるし、崩れ落ちた柱もポケモンを象ったであろう石像もまた薄闇の中に静かに眠っている。もう少し経ってからにしましょう。メルカは大きな欠伸をして目をこすった。
しかしこのガバイト、誰に似たのか好奇心旺盛で嫌がるメルカを他所に単身遺跡の地下へ乗り込んで行ってしまった。

「あっ、ちょっとガバイト!」

ガバイトの楽しそうな声が地下に木霊して、いつしか静寂が訪れる。
…放っておいたら戻ってくるかもしれないが、何せこの遺跡の内部が分からないのだ。人間よりも優れた能力を持つポケモンとはいえ、進化し体は成長しても彼女は生まれたばかりの子供であることに変わりはない。下手をして迷子になってしまったら困る。

「仕方ない…」

メルカは息を吐いた。それが数時間前のことである。



「どこ行ったのかしら…」

おーいガバイト。メルカは声を張り上げてガバイトを呼ぶも、返って来るのは木霊ばかりだ。腕に抱えるゾロアは身を捩らせ、まだ夢の中にいる。
ガバイトの後を追い、遺跡に踏み入れたメルカは喫驚した。彼女の予想よりも遥かに遺跡の内部が広大だったのだ。其処は地下であるため当然ながら薄闇に支配されている。人やポケモンの気配は勿論なく、メルカはペンライトで足元を照らしながら砂と石の道を行く。かつて栄華を誇った文明も今となっては一つの広大な洞窟だった。
ゾロアが大きな欠伸をして、エメラルド色の瞳をぱちぱちと瞬かせた。目を開いても視界が薄暗いことを不思議に思い、寝ぼけながらこてんと首を傾げている。おはようゾロア、メルカは声を掛ける。眠たそうな声音で彼は鳴いた。

メルカの視線がゾロアに捉われていたその時、足が何かに掬われた。

「う、うわわわわ…!?」

ずぶ、ずぶ、と足が何かに飲み込まれて行く感覚があった。――流砂だ。そう悟って、メルカの顔はさっと青ざめる。
どうしよう、出れない!
もがくメルカを嘲るように砂は彼女の身体を飲み込んでいく。みるみるうちに両足から腰、胸までもが砂の中に墜ちていき、せめてゾロアだけでも、とメルカはゾロアを抱える腕を伸ばし、彼を流砂の起きていない地面へ逃がした。
ゾロアは焦った声を上げている。どうにか助けようとメルカの袖を引っ張るが、ゾロアの小さな身体ではメルカを引き上げる事は出来ない。
ゾロア、ごめん。ガバイトを探して。
その言葉を皮切りにメルカの体は全て砂に呑まれてしまった。



「っいたた…あれ?」

息苦しさが消えたことにメルカは違和感を覚えた。先程まで自分を包んで、塞いでいた膨大な量の流砂が消えている。あたりを見回すと入り口付近よりも広大で天井の高い空間を確認できた。メルカはその場所にひとり座っている。ふと上を仰ぐ。天井から小さな砂の粒がさらさらと降り注いできて、なるほど、と呟く。
流砂はこの空間に繋がっていた。ここはさっきの場所の真下なんだわ。
床が脆くなっていたのか、はたまた別の意味があるのか定かではないが命拾いした。身体にこびり付く砂を払ってメルカは立ち上がる。どうにかして上に戻らねば。メルカの目は今一度砂に覆われた巨大な空間を見回して、じっくりと視界に焼き付ける。一面黄土色の果てない場所だ。
そして次に耳を澄ます。砂の、零れ落ちる微かな音が鼓膜に触れるだけであとは一切の物音もしなかった。
時が止まるのを錯覚させる。静けさに覆われたこの世界では、全ての感覚が脆く崩れ去るような気がした。

――ワウッ!

突如、メルカの耳に音が飛び込んで来た。

木霊のもやもやとした響きだが、確かにゾロアの声だった。すると目の前に黒い影が駆けて来るのを見て此処にいるよと腕を上げる。
その傍らに見慣れた青いを見つけてメルカは安堵の息を吐いた。良かった…ゾロア、見つけてくれたんだ。

「ゾロア!ガバイトってえええええ」

よくよく目を凝らすと、ゾロアとガバイトは何かから逃げていた。
――野生のポケモンの大群である。
人の顔のようなお面を携えたポケモン、金色に輝く身体のポケモンは棺のような出で立ちだ。様々な種類のポケモン達だがその目は共通して憤怒に燃えている。

「な、何してるのよ二人とも!」

二匹は相当焦っているらしく、メルカの言葉は届いていないようだ。
ゾロアはメルカに飛びつき、腕の中に身を収めると逃げろ!と吠えた。ガバイトも早く早くと向こうを指している。
そして何故かメルカも怒り狂った野生ポケモン達に追われる羽目になった。

「よ、よしガバイト、穴を掘る!」
「ガバッ!」

こうなったら強行突破だ。ガバイトは遺跡の砂壁に勢い良く穴を掘り始める。腕から離れたゾロアが威嚇してシャドーボールを撃ちながらポケモン達を牽制し、メルカは急いでゾロアを抱き上げ、ガバイトの掘り進めた穴の中に飛び込んだ。


白い光。瞼突き刺す刺激に、ゆっくりと目を開ける。沢山の人の声がする。ざわめきはやがて騒音の一つとなり鼓膜を叩いた。

メルカは穴から身を乗り出し、まだ光に慣れない瞳を凝らして辺りを見る。其処に看板を見つけ、じいっと顔を近付かせた。

「ライモンシティ…」

その単語に勢い良く顔をあげた。
広がるのは滅びた栄華の忘れ形見、静寂が支配する砂の空間ではない。近代的な大都市、砂漠の真ん中に立つ現在の文明である。――娯楽都市ライモンシティ。辿り着いたのはメルカ達が目的としていた次の街だった。






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