びゅうびゅうと身体を叩く風は砂を含んでいて行先の視界を阻む。足元に広がるのもまた砂、細かな粒子が進む足を引き止めるように身を捩らせ、底へ底へと誘う。
四番道路は所謂砂漠地帯である。
水気の存在しない乾いた気候は大抵の生き物の体力が多く奪われるからか、修行にはうってつけの場所だった。わんさかいるトレーナーとのバトルを楽しみながらメルカは砂漠の先のオアシス的街、ライモンシティを目指す。
フカマルは意気揚々とバトルに臨んだ。元々好戦的な性格であることに加え、地面タイプで「陸鮫」と渾名される彼女にとって砂漠は楽園である。
海中を悠々と泳ぐ鮫のように、フカマルは砂の中をすいすいと進んでみせた。
「フカマル、ドラゴンクロー!」
「フカッ!」
鋭い爪が相手のダルマッカに会心の一撃を加え、メルカとフカマルは本日三度目の勝利を収めた。
すると、砂中に潜んでいたその小さな身体が清い白を放ち始めた。
――進化の、光だ。
「…ガバ…?」
「やったねフカマル…いいえガバイト!」
二回りほど成長した青い身体はメルカの背丈にぐんと近付きつつあった。小さな手にはより鋭い爪が生え、メルカの掌より一回り大きく変わっている。
ついこの間生まれたばかりだというのに、いつの間にか自分よりも大きくなっている。もしかして母親とはこんな微笑ましい気持ちで我が子を見ているのだろうか。メルカがガバイトを再び呼んだその時、にこやかな顔でガバイトは彼女の手を掴んだ。なあに、どうしたのガバイト?いつもより甘い声を発したメルカにガバイトも同じくらい柔らかく鳴く。
そして何故か片方の手で地面を勢い良く掘り始めた。
「…何してるのガバイト」
「ガバッ!」
見ててメルカ!ガバイトは朗々と鳴く。掘り進められる途轍もない量の砂が彼女のパートナーに打ち当たっているのは何も気にならないようだ。
あっという間に深くなった其処へガバイトは砂まみれのメルカを強引に誘った。
「う、え、ちょ…!?」
ちょっと待ってガバイト!叫ぼうとしたが砂が口に入って、メルカの舌に不快感が広がったため反射的に口を閉じる。ぶるりと背が震えた。嫌な予感がする。
「ガバーッ!」
ガバイトはメルカの焦りなどお構い無しに意気揚々に彼女を連れて深い地中の世界を機敏に進んだ。
*
どれほど経ったのだろう。ガバイトとメルカは未だ暗い地中の中を突き進んでいた。
砂を掻き続け、その分けられた流砂の隙間から小さな光が溢れたのにメルカは気付き、その切れ目に向かってガバイトの爪が食い込む。拓かれた裂け目から網膜に飛び込んで来る眩い輝きにメルカは反射的に目を閉じた。
「ここは……」
メルカとガバイトは砂漠の真ん中にいた。トレーナーもポケモンも見当たらない。傾いた太陽が果てなく続く流砂を照らし、仄かに赤い灼熱の世界を創り出している。足元に残る風化した柱の残骸を見つけ、メルカは屈んでその跡に触れる。断面は吹き付ける風と砂に削られていた。
「柱の跡…昔、文明があったのね」
柱の他に、生き物を象った石像、石畳がメルカ達を取り囲むかのように四方へ広がっている。入口を示すオブジェは劣化がひどく、今にも崩れ落ちそうだ。
かつての栄華は失われ、取り残された孤独の時間を感じる。
戻りましょう、とガバイトを振り返るが穴を掘り続けた疲労が彼女の体にどっと押し寄せたらしく、「動きたくない」と砂の上にだらりと横たわっていた。
連れて来たのは貴女でしょうに。
メルカははあ、と息を吐く。日はもう西へと吸い込まれ掛けており、空は夜の闇が向こうから顔を覗かせていた。知らない土地、しかもこんなにも広大な地を夜の闇の中で迂闊に動くのは危険だ。今日は此処で夜を明かすのが得策だろう。メルカはボールを放った。ゾロアが明るい声を上げて此処は何処?とはしゃいでいる。
「今日は此処で野宿だよ、ゾロア」
「ウゥ…」
「え…何その不満そうな顔は…」
ベッドで寝たい!と身振り手振りでゾロアは吠える。貴方ポケモンじゃないの、メルカは困惑するがゾロアは首を横に振るばかりだ。お得意の変身で少年に化けて大都会を闊歩していた彼だ、恐らく人間の生活に馴染んで暮らしていたのだろう。
吠えるゾロアを尻目にメルカは寝袋や食料を取り出す。すると砂漠に寝転がっていたガバイトがご飯を目ざとく見つけて勢い良く走り寄って来たので、メルカは苦笑いした。
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