メルカがその少年を再び目撃したのはNと別れ、雑踏に揉まれながら通りを歩いていた時であった。

「――待て!!」

乱暴な男の声が木霊する。溢れ返る人々の向こうで薄青の衣装が翻ったのをメルカの瞳は見逃さなかった。――プラズマ団である。そしてその悪しき輩に追われる者は。

「…あのこ!」

メルカが昨日スカイアローブリッジで出会った少年であった。先日と同じ黒い服に身を包み、額にあった血は消えていたもの、身体は泥だらけである。何故、彼は追われている?しかしその疑問がメルカの中に浮上する前に彼女の足は水色の割烹着を追跡していた。

「待って、やめて!」
「何だこのガキ!」

プラズマ団の男は自身の背を追うメルカを振り払い、その強引な力に彼女の身体は硬いコンクリートへ叩き付けられてしまった。――フカマル、追って!メルカはすかさずフカマルに指令を出す。フカマルは俊敏な動きで雑踏の中を走る。しかしヒウンは大都会、人に紛れるなど容易い。たちまちフカマルの目から男の姿も少年の姿も消えてしまった。

「フカ?フカフカ…?」

自身の周りに溢れる人、人、人。フカマルの目は慣れぬ光景にぐるぐると回りそうである。その状況を救ったのが雑踏に紛れていた少年・トウヤであった。メルカの、フカマルだよな?トウヤはひょいとフカマルの身体を持ち上げる。

「フカ!フカァ!」
「ど、どうしたんだよ?メルカは?逸れたのか?」

しかしトウヤの尋ねがフカマルに通じる訳もなく、フカマルは主人の命通りプラズマ団を追おうと身体をじたばたと揺らす。人の波の最中に目的の薄青を捉え、フカマルは一層強く鳴いた。――あれ、プラズマ団か?フカマルの反応にトウヤは漸く気付いた。

「あっちに走ってるってことは…ジムのある通りに出るな……なら」

こっちだ。トウヤは人を掻き分けながら脇の小さな通りに入り走り出した。先程とは全く違う人気の無い薄暗い道をフカマルを抱えたトウヤが駆けて行く。どうしてこんな道を知ってるの?フカマルは少年の顔を仰いで首を傾げた。

「……昔よく此処等で遊んでたからね。…懐かしいな」

トウヤはふと、飴色の瞳を細める。その澄んだ声色に彼は一体どのような思いを含ませているのか、フカマルは知る由もなかった。



「あ!う、わ…あ…すいませ…!」

一方、メルカは留まることを知らない人の波にもみくちゃにされていた。すいません、すいませんと断りを入れながら何とか脱出したもの、思った以上に体力を削られたことに気付く。ぜえぜえと息を切らしながら覚束ない足取りでセントラル・ストリートを彷徨っていると、後方から足音が聞こえ、メルカは咄嗟に避けようとしたが時既に遅し。急いでいるであろう見知らぬ人間とメルカの背ががつん、と衝突した。

「きゃ!あ、ごめんなさぁい!」
「いたた…って、ベルちゃ…!」
「メルカ!」
「何してるんだベル、早く…」
「チェレンくんも…!」

メルカの背にぶつかったのはベルであった。彼女の後方からチェレンもやって来る。何故か二人共焦燥しきった様子であった。特にベルは大きな翡翠の瞳を潤ませ、今にもその透明な感情の結晶が溢れそうである。普通ではない彼らの表情にメルカは何事かと尋ねる。するとベルはぐすり、は鼻を鳴らした。

「盗まれちゃったの…あたしのポケモン――プラズマ団に…!」


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