地面を強く蹴り、ヤグルマの森へ続く道をメルカは駆けた。速くはやく、彼らを手助けしなければ。メルカの決意は更に速度を加速させる。
――お前たち、無事かい?
そんな憔悴しきった声にメルカは顔を上げる。チェレンにアロエ、と呼ばれた大柄な女性が博物館の奥から慌ただしい様子で駆けて来た。館内の怪我人の有無を確認するとアロエは中央の骨がなくなっていることに気付く。一体、誰が。アロエが消失した展示物があった場所を唖然と見つめているとメルカが発言した。
「……プラズマ団、だと思います」
「プラズマ団?あの宗教団体かい?」
「…さっき、見たんです。プラズマ団の、水色の衣装を着た男の人…」
「なるほどね…」
異国からやって来た目前の少女をアロエはふむ、と見据える。一つ思考をするアロエにチェレンは幼馴染みの所在を尋ねるが、その少年はもう此処にはいないと言う。
「それじゃあ、トウヤはどこに?」
「騒ぎを聞いてすぐに飛び出して行ったよ。バトルの途中だったていうのに」
「じゃあ一人でプラズマ団を…!」
危険です、と主張するメルカにアロエは一人で追ったのではないと宥める。たまたまトウヤの試合を観戦していたアーティという青年も一緒に向かったと言う。しかし二人と言えどプラズマ団を侮ることなど出来ない。チェレンが自分が二人と共に向かうと志願したが、彼はシッポウジム挑戦直後であったため、疲れ果てた彼のポケモンはプラズマ団を追う体力など残っている筈もなく、それらを理由にアロエに諭されたこともあり、彼は博物館を護衛する任に回った。
「それなら私が…行きます」
「ええ!メルカ危ないよぉー…」
「そうだよ。あんたみたいな女の子を一人で行かせられるか」
「大丈夫、です」
――面倒事には、なれてますから。
ふと気がつけば其処はもう鬱蒼とした森、ヤグルマの森であった。町の人間の目撃証言によれば、水色の服を着た団体がヤグルマの森に向かって走っていたとあり、トウヤもアーティもこの中で彼らと闘っていると思われる。葉と葉が重なりあい、日中も光が僅かしか届かない薄暗い場所で、メルカの胸にはシンオウのハクタイの森を思い起こさせた。
自然が造り出した舗装のされていない道を進む。不気味なほどに人もポケモンの姿もなく、所々不自然に森の木々が乱れていた。――バトルをした形跡である。恐らく先程までこの場所にいた人間はこの奥へと進み、ここに住まうポケモン達は事態の異変を感じ取り、森の更に奥へ身を隠したのだろう。すると森の奥で一瞬火の粉が舞った。
「トウヤくんだ…!」
メルカは彼の声の方へ全力で駆けた。火の粉で僅かに煌めく栗髪を視界に捉え、再び名前を呼ぶ。メルカの声にトウヤは振り返って反応を見せた。彼の顔には少しばかりの土と痣がある。
「メルカ!?」
「大丈夫、じゃなさそうね…」
「……ごめん」
「謝る必要なんて、ないよ」
メルカはトウヤの頬についた土埃を指で拭き取り、視線をゆっくりと変えた。視線の先には水色の頭巾姿の男女、プラズマ団がにやりと嫌な笑みを浮かべてこちらを見据えていた。トウヤは1人で、大人2人を相手に闘っていたということだ。
「2対1だなんて…卑怯」
「卑怯?何とでも言うがいい。我々は任務遂行の為なら手段は選ばない」
「私達に逆らうのが悪いのよ!」
すかさず女性団員はミネズミ2匹に引っ掻く攻撃を指示する。ミネズミ達の爪が鈍い光を灯し、二人へ攻撃を仕掛けてくる。トウヤのポケモンもトウヤ自身も、もうボロボロである…闘わせる訳にいかない。同時に2人相手でも自分が相手するしかない。下がってて、メルカはトウヤの前に立つがトウヤはそれを拒んだ。
ミネズミ達の鋭い爪がバオップに襲い掛かる。しかしバオップから放たれた炎が瞬時にミネズミ達にダメージを与えた。そのまま地面に伏すミネズミ達にメルカは目を見開く。
「――俺も闘う」
栗色の瞳が鋭い光を帯び、プラズマ団を睨み付ける。なんて…凄い。何も言わなくてもトレーナーの指示を的確に理解したバオップもだが、旅立って間もないというのにポケモンとここまでの信頼関係を築いたトウヤの才能に、メルカは息を飲んだ。
「……わかった。ダブルバトルでいきましょう。出ておいで、フカマル!」
「交代だバオップ!戻れ」
再びプラズマ団が繰り出したのはミネズミ2体。先程ダメージを与え、戦闘不能にさせた2匹とは別個体である。どちらも好戦的にギラリと瞳を光らせている。
「人数が増えたところで何も変わらないわ!」
「捻り潰してくれる」
「そう簡単にはさせない!勝つのは俺達だ!」
新たに繰り出したトウヤのポケモン、ミジュマルの進化形・フタチマルがホタチを構え、水流の刃を作り出す。その横でフカマルは口腔から溢れる程の青黒い炎を溜め込んでいる。
準備は万端、勝機も有る。卑怯な手しか使えない彼らにバトルの手解きだ。
「…教えてあげる。本当の、ポケモンバトルを」
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