サンヨウの庭園、石造りのベンチにNとメルカは微妙な距離感を保ち、腰を下ろしている。膝の上では何も知らないフカマルが疑問符を浮かべつつも微笑んでいた。――沈黙を破ったのはNであった。

「君は外国から来たと聞いたけど、出身は此処なんだね。フカマルが言ってる」

メルカはフカマルを見つめると首を傾げ、反応をみせた。従兄弟との会話をたまたま耳に挟んだのだろうか、とメルカは推測する。それにしても…あなたって結構お喋りね。メルカはつんつんとフカマルの頬を指でつついた。

「不思議な経歴だね」
「サンヨウで、生まれて引っ越しただけ。全然…不思議じゃ、ないよ」
「そんなことない。君は不思議な人間だよ、メルカ」
「だから、そんな…」
「だからこそ、君を行かせる訳にはいかない」

反射的に立ち上がったメルカの手首を掴み、Nはメルカを見つめた。白い肌に映えるダークグレイの瞳の奥は闇を思わせるほどに暗く、淀んでいた。灰の中に一瞬光るギラリとした灯火が鋭い硝子のようにメルカを貫く。

「見えないんだ、君の未来が」
「それが…当たり前。すべてが見えてしまったら、詰まらないもの」
「違う、そう言うことを言ってるんじゃない。――僕には分かるんだ。目前の人間やポケモンがどんな言葉を発し、どんな行動を取るのか…覆されたことは今まで一度もない。なのに君の未来だけが見えない。霧の掛かったようなビジョンに、断片的な映像しか浮かんでこない…こんなのは初めてだ」

メルカのNの距離は徐々に徐々に縮まる。メルカは追い詰められた草食動物のような気持ちに浸った。目前には色一つ浮かばないNの顔。――怖い。メルカの頬を汗が伝った。

「君は一体誰なんだ?」

「――メルカ!」

庭園の出口に立つベルの高い声がメルカの名を呼んだ。何故か彼女の頭にはトレードマークである若葉色のベレー帽の姿はなく、柔らかな金髪が陽の下に曝け出されている。明るい笑みでメルカに駆け寄ろうとしたが、迫るNを見て一瞬戸惑った表情を見せた。

「何か、あったの?」
「う、うん…あっ、じゃあこの先で待ってるから!」

そそくさと彼女は庭園の出口の奥へと消えてしまった。メルカもその後を追うため、Nを振り払った。フカマルも地に足を着け、すたすたと庭園を歩く。しかしNは再びメルカの行く手を阻んだ。どうして、あなたは私を引き留めるの?灰の瞳を見ずにメルカは尋ねる。すると彼の手がするりと離れた。反射的に振り返ると、予想外にもぽかんとしたNの顔を見つける。

「…それは、」
「はい」
「君と話をしてみたかったから」
「…はい?」

君は不思議な人だ。ボクは君に、君が思っている以上に興味を持っている。だから君がどんな人間でどんな経歴の持ち主か知りたかったんだ。だから行かせたくなかったんだ。それだけだよ。――無表情、早口、しかし眼は鋭さを帯びて、Nは淡々と言った。
思ってもみなかった返答にメルカはぱちくりと瞬きを繰り返す。「行ってはいけない」って「行かないで」ってことだったのかしら。なんて変わった言い回しなのだろう。もしかしたらこの人、不器用な人なだけかもしれない。メルカは自然と笑みが零れた。そんな彼女の様子にNは首を傾げる。
今まで、Nに抱いていた警戒心とは一体何だったのか。Nは他人に理解されにくいだけで、本当はもっと、純粋で人間らしいのかもしれない。メルカが一方的に張っていた彼への壁は緩やかに壊れつつある。



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