「あの、勝手なことだとは分かってます。けれど私…」

――もう一度初心に還って、旅をしてみたい。

弟子の思いも寄らない言葉にシロナは満足そうに笑みを浮かべた。その言葉を彼女はずっと待ち望んでいたのだ。
今までの自分の力はギラティナと出会うためだけにあって、本来の自分は無力なのだと、彼女は言った。
事実ギラティナと出会い、その後の彼女の力は急激に衰えた、それは本当である。彼と出会う運命のレールを走らされていたメルカにはやはり付加された能力があったのかもしれない。しかしそれは一部だけであって大部分は彼女本来の力であった。
だがメルカは気付くことは無かった。すべてを悲観し挑戦を放棄した。元々気丈な子ではない、シロナは彼女を苦しめるならば、と弟子を解放することも考えた。
イッシュには気分転換のつもりで誘った。全く違う環境、文化の中で触発されるものがあれば、と思ったからだ。それに聞けば彼女の生まれはイッシュというではないか。生まれた地域に久々に訪れるとなれば、良い影響が与えられるはずだ。

そしてメルカはシロナの望んだ通り、バトル本来の楽しさ、興奮、忘れていた大事なことを取り戻した。まだ確信はありませんが、とメルカは苦笑するがシロナは満足だった。

「私はあなたにそれを望んでいたの。ゆっくり考えて来なさい、って言ったでしょ。ね?」
「へ、あ、そうなんですか」
「そうよ…これからどうするの?イッシュリーグに挑戦?」
「あ、いえ。それなんですけど…私、イッシュをこう、気儘に回ってみたいんです。生まれ故郷と言っても、知らないことばかりで…ここの文化や人と、沢山触れ合ってみたいんです」

もちろんバトル修行も欠かしません。メルカは付け加え、笑った。この子の笑顔を見たのは久々かもしれない。シロナは激励の言葉を送る。

――良かった、彼女はもう大丈夫。



「必要なものは持ちましたか?」
「うん」
「ライブキャスターは?」
「ちゃんと腕に…」
「メルカ、それポケッチ」
「あ」

ジム戦終了後、メルカはこのままサンヨウを発つことにした。ジム勝利という追い風が吹き、メルカの身体はからりと晴れた空のような気持ちに動かされているのだ。それは行けるとこまで行きたいというような、探求心と好奇心が練り固まった気持ちであり、早く早くとメルカを急かす。

「デントくん、ポッドくん、コーンくん、色々…あの、ありがとう」
「おう!」
「それじゃ気を付けてね」
「たまには顔見せに帰って来て下さい」

先程まで足元にいたフカマルがひょこりと肩に飛び乗り、自身の気持ちと同じく早く早くと自分を急かす。それがとても愛しくてメルカはフカマルの頭を優しく撫でた。ベストウィッシュ、良い旅を。コーンの微笑みにメルカは唇を緩ませた。

「…行ってきます!」

メルカはそのままレストランを飛び出した。優しい従兄弟の一人ひとり違う、ばらばらの笑顔がまたメルカを一押しし、駆ける速さが加速する。過ぎてゆく街並み。市場。パンの薫り、賑わい、子供の笑い声。沢山たくさん通りすぎて行く。育ったのはフタバだが、確かに自分は此処でサンヨウで生まれたのだ。メルカはそれを誇らしく思った。目前から外側へ流れ、飛んでいく景色、しかし振り返ることなくメルカは懐かしい情景を心の中で噛み締める。庭園の入口を潜ってからメルカは駆けて乱れた呼吸を落ち着かせる。色とりどりに咲き乱れる花、穏やかに流れる噴水やパステルカラーの芝生が瞳を和ませた。
ふとベンチを見れば、小さな少女が座っていた。その側に立つ長身の男性は恐らく少女の父親だろう。親子の仲睦まじい姿とメルカの中のセピア色の記憶が重なる。

――パパ、今度…

「おっと」

メルカは突然頭上から降る声を仰いだ。柔らかな色の黄緑の中に真白な顔と暗い灰色の双眸を捉える。――Nだ。大丈夫かい?ぼーっとしてたみたいだけど。その言葉でメルカはNに両肩を掴まれる体勢を取っていたことに気付く。つまり彼の身体の内側にすっぽり収まっていたのだ。

「っ…ああああ、の!!」

羞恥が足先から頭の天辺まで駆け上がり、メルカは勢い良く後退した。しかしその瞬間、小石に足を捕られ仰向けに転んでしまった。無様すぎる、恐ろしい程の醜態である。しかしNは平然と少女を見据えていた。

「あっ、あの、えっと、わわわわた私、これで…!」
「…行っちゃだめだ」
「え」
「行ってはいけない」

横を過ぎようとしたメルカの手首をNが掴んだ。彼の不可思議な行動にメルカは微動だに出来ない。メルカは振り返り、Nの顔を見つめた。しかしやはりNの沈んだ瞳は何も語ろうとはしなかった。


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