動き続ける機関車の玩具の道筋を断つのには、レールを一つ指先で摘まむ。容易いことなのに俺がそれを出来なかったのは、同時に彼自身の心臓も止まってしまう様な気がしたからだ。プラスチックの歯車の音はNの心臓の音に似ている。軽くて、早い、独特の音。抱き合っている時にそれはよく聞こえる。何も言葉が漏れない静かな空間に、俺の鼓膜を震わすのはその音だけなのだ。逆に、彼が何も言わないのは俺と関わるまでこれまでに一度もヒトとこんな風に関わった事が無かったからなのだろう。長い髪で埋もれた背中を手のひらで触れて、とくんと心臓の音がそこに伝わるのがなんとなく不思議だ。何でだろうか、俺は今までNとこういった関わりを持つまで彼を死人の様だと思っていたから。意思を持った死人が理想を求めていた様な。滑稽な比喩だけど、確かに俺にはそう見えていた。
それでも俺に答えを求める時だけは生きていた。俺を求める時だけは生きていた、そんな、都合のいい解釈。

例えば彼の飛んでいったその意識が、俺の中に満足感と独占欲を明確にしたのなら、俺も彼を求めていたとそうい熱いと言う譫言が首に絡む腕ごと俺に伝わって、今が異常な空間におかれているのだと知る。目を掠める玩具や、未だに歯車に動かされる機関車も、彼にとっては気休め程度でしかなかったのだ。気持ちいいかと聞いた時の顔、彼は今までにこんな表情を見せただろうか。

「もしも、ボクが明日突然いなくなってしまったら、キミはどうするんだろうね」
「唐突だなあ、それにらしくない質問…」

らしくないって俺が思いたいだけで、本当は毎日彼がいつ消えてしまうのか不安でならない。だからこうして抱いて、手を絡めて彼を繋ぎ止めるのだ。

「ボクの生きる意味が無くなった今に、すがるものを漸く見つけたんだ。それさえあればボクは此処に居続ける、…キミなら解るだろう?」

少しの間の後、言葉の意味を理解した俺は熱で混乱した頭でもそこまでの駆け引きが出るのだと笑った。つられて彼も笑う。出会った頃と比べて、少し笑い方が変わった。人間らしくなったよう。その時に彼の父親をふと思い出した。あの人がNを人間の損ないと言った時。あれからだ、彼と俺がこう言った仲になったのは。同情なんかじゃない。ただ、単に俺が人間にしてあげようと、この口で、手先で触れて、人と交わってしまえばと考えたのだ。

何度目かのキスなのに、彼は未だこの行為には不慣れだ。俺をしっかりと捉えたまま、固まってしまう。

「言ってなかったっけ、キスする時には目を閉じるものなんだけど」
「……目を閉じたらキミが此処にいるという現実が失われると思ったから」

触れ合うまであと数センチという、その際でそんな事を言う。彼もまた俺を離さない様に必死なのだ。薄く開いた口内に舌を入れて硬直した彼の舌を舐め、唾液が絡まった。口に満たされる温かみが俺なんだと、教え込むように。
歯車はまだ回っている。


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