「なんなのよ一体……」

「知るかよ、くそ…っ」

「昨日の騒動で追い払ったと思ったヤツが、船団のどこかに潜んでたんだろ。何でここに姿を現したのかは知らんけど」

 シェルターの入口が閉まっていることを確認しながらセシルが言った。
 全員が梯子を使わずに飛び降りたが、特に怪我をしている者はいないようだった。

「……あいつにまた助けられるなんて……」

 遠距離からバジュラを撃ち抜いたミハエルのバルキリーを思い出して、アルトは顔を歪める。その映像を頭から追い払うように立ち上がろうとして、制服を引っ張られる感覚に動きを止めた。
 見ると、ランカがアルトの制服を握りしめて踞っている。

「離せよ。おい」

「……あ。ごめんなさい…!」

 身を起こしたランカは慌ててアルトから離れようとする。しかし、アルトの制服を掴んでいた手が開かなかった。

「……あ、あれ? うそ、やだ。どうして……」

「…………いい加減に…っ!」

 何度か腕を引いてみても一向に手が離れない。焦れたアルトが口を開きかけた時、それまで黙って二人を見ていたセシルが動いた。
 ぽん、とランカの頭に手を置いて、髪を梳くように撫ではじめる。

「あ、あの……」

「大丈夫だ」

 一瞬肩を震わせ、戸惑いに満ちた目で見上げてくるランカに、セシルは短く返した。

「大丈夫。落ち着け。力抜いて、深呼吸しろ。…大丈夫だ」

 不思議と人を落ち着かせるような、静かな声だった。
 髪を滑る手の感覚に促されるようにして、ランカはゆっくりと息を吸い込み、吐く。何度かそれを繰り返すと、強張っていた全身の筋肉が徐々に緩んでいくのが感じられた。

「……」

 まだ少し震えの残る手を慎重に開く。

「! できた…!」

 アルトの制服から離れた手に、ランカは安堵の息を吐いた。それを受けて、よくできました、とでも言うようにランカの頭を二回ほど叩いてセシルの手も離れる。
 壁に寄りかかって腰を下ろしたセシルにランカは頭を下げた。

「あの、ありがとうございました」

「礼なんて要らない。俺がそいつの怒鳴り声を聞きたくなかっただけだ」

「なんだと…!?」

 顎で示されたアルトはセシルを睨みつけて唸る。

「ホントに気が回らないのね。怯えてる女の子の一人や二人俺が守ってやる、くらい言えないわけ?」

「うるせぇな! できる状況ならいくらでも言ってるよ!」

 シェリルの援護射撃に声を荒げて、アルトは壁を殴りつけて歯噛みする。
 それを見てシェリルは呆れたような溜息をついた。

「とっとと出ましょ。その方がお互いの精神衛生上良さそうだし」

「…無理だ」

 腰を浮かしかけたシェリルはその言葉に動きを止める。
 どういうことだ、と眉をひそめたシェリルの後方から欠伸混じりにセシルが引き継いだ。

「ここ、非常用の待避壕だし。ドーム内には、……あふ、通じてない」

「ちょっと、それって閉じ込められたってこと!?」

「そんなに騒がなくても死にゃしないっての」

「何でそんな呑気でいられるのよ!」

「『何で』って言われてもな。外は真空で出られないんだし、だったらここにいるしかない」

「そりゃそうだけど……!」

「わかったら黙って大人しくしてろ。俺は寝る。徹夜して疲れてんだよこっちは……」

 それきり目を閉じてしまったセシルを呆然と見つめて、シェリルは憤懣やるかたないというように「もう!」と床を叩いた。
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