不運な男


同室の善法寺伊作について語るとしたら、不運しかないだろう。あいつは文字通りの不運だ。
三ヶ月前、念願の片想いが奇跡的に実って蛙吹と付き合うことになった伊作は、相変わらず毎日何かしらの不運に見舞われている。塹壕に落ちるのは当たり前で、くのたまの実習ではカモに選ばれたり、委員会でひと騒動を起こしたり。
無論、それらの不運は何も伊作自身の身に限った話ではない。蛙吹にも飛び火していると思う。

俺が伊作から聞いた話だと、付き合って初めての逢引では、保健室に急患が運ばれて延期となった。
茶屋で二人で休憩していたら、付近で遊んでいた子供に水をかけられた。
接吻を交わそうと顔を近づけた瞬間、顔を上げた蛙吹に頭を打ち付けられた…等々。

あいつ、ほんと運ねぇなぁ。
蛙吹と付き合えたことで運を全部使い果たしてしまったんじゃないか、と思うのは俺だけではないはず。
密かに忍たまの間でも人気があった蛙吹が選んだのが伊作だったのだ。文句の一つくらい、当然のように出てくる。伊作の場合はこれしかなかったからな…。


「留三郎、僕今夜はちょっと出かけてくるね」


夜も更けた頃、伊作は顔を赤らめてそう言った。
どこに出かけるのか、そんな野暮なことは聞かないでもわかる。俺は一言返事をして、自分の掛け布団を羽織った。
こんな時、恋人がいるのは素直に羨ましいと思うこともあるのだが、いかんせん伊作に対しては、それよりも大丈夫かと心配する気持ちの方が強かった。
なぜなら、伊作がこうして夜に蛙吹の部屋に行くのは今夜で実に四回目なのだが、二人は未だ一度も体を重ねていない。
初めての晩は伊作が忍びこむ部屋を間違え、曲者と勘違いされて大騒ぎに。二回目のときは、間違いなく蛙吹の部屋にたどり着いたのに、肝心の本人が不在だった。後で知ったのだが、学園のお使いに行っていたらしい。そして三回目である前回は、学園にいることを確認した上で行ったにも関わらず、その日蛙吹が月のものだったということで、保健委員長である伊作には手が出せなかったらしい。まぁ、月のものだったら、俺でも手を出すのは渋るよな。仕方がない。

で、今晩が四回目にあたる。
俺は伊作が今度こそ上手くいくといいな、と思いながらさっさと寝ようと、一人になった部屋で目を瞑った。
元々部屋の中は衝立によってしきられているから、伊作がいてもいなくてもあまり変わらないのだが、それでもやっぱり、普段ある気配がないと一人なんだと実感する。
そんな事を考えながら俺が意識を手放すのには、そう時間はかからなかった。


「全員起きろー!学園長の突然の思い付きで、今から夜間訓練が始まるぞ!!」


…そんな声が聞こえてくるまでは。





もうすぐ夜も明けようという頃。
ようやっと学園長の思い付きから解放された俺たちは、疲れた体を引きずってそれぞれの長屋へと戻ってきた。
夜通しで訓練だったから、せめて午前中だけでも休みになるのかと思えば、そうではないらしい。授業が遅れるといけないからと、この後も予定通りに一日が始まるというのだ。
…あー、くそ。徹夜で授業受けるのなんて、ギンギン馬鹿の文次郎だけで十分だろ。あいつ訓練が始まる前も一人でギンギンしてたみたいだし。


「お…伊作、お疲れ」
「お疲れ様…留三郎」


長屋の自分たちの部屋に戻ると、同じく訓練でボロボロになった伊作が先に戻っていた。
制服が他の六年に比べてひときわ汚れているのは…考えなくてもわかる理由だろう。
俺は敷きっぱなしだった布団の上に腰を落として、少しでも体力を回復しておこうと休むことにした。が、少し思うところがあって、衝立の横からひょいっと伊作の方を覗きこんだ。


「お前、結局また不運だったな」
「ちょっと…人が気にしてること、わざわざ言わないでよ」
「本当のことだからな。…で?一応、くのたまの長屋からは無事脱出して、訓練に参加してきたってことか」
「梅雨が協力してくれたからね…屋根裏から逃がしてもらったんだよ」
「そうか。ま、あんま気にするなよ。また次があるから」


俺がそう言うと、伊作は深い息を吐いた。


「それならいいんだけどね…」


ん?


「なんか僕、そろそろ梅雨に見限られそうな気がする…」
「おいおい、別に蛙吹はお前が不運だからって、見捨てる奴じゃないだろ」
「けど、今日だって夜間訓練さえなければ、最後までいけたのに…これって絶対僕のせいだよ」
「伊作の不運かどうかは知らないが、学園長の思い付きはいつも突発的だからなぁ」
「それにかち合っちゃうのが、不運ゆえだよね…」


伊作は不運オーラ全開で落ち込み、がっくりと肩を落とした。
その背中には嫌という程の哀愁が漂っている。もはや俺が声をかけたところで、どうにもならない様子だ。

そんな時、微かな気配が屋根裏から伝わって、俺は咄嗟にクナイに手をかけた。誰だ、と問う前にその影は俺たちの部屋へと落ちてくる。そして、未だ項垂れている伊作の横に身を寄せると、凛とした声で伊作、と声をかけたのだった。
驚いた。この声は蛙吹だ。


「え…梅雨?何でここに!?」
「伊作が落ち込んでるんじゃないかって思ってね。来てみて、正解だった」
「え…っと、ちょっと待って、すぐに座布団出すから…」
「いいよ、ちょっと話しに来ただけだから。すぐに戻るわ」


蛙吹はそう言って、突然の訪問に慌てる伊作を再び座らせた。そして、俺の方にちょっとだけ目配せして、ごめんなさいと伝えてきた。
こっから先は俺が立ち入る訳にはいかないな。
俺は衝立から体を離し、布団の中に入った。
さすがに部屋から出る気はなかったし、すぐに戻ると言った蛙吹はそこまで望んでいる様子じゃなかったから。少しだけ、二人のことが気にかかっていたという理由もある。

衝立の向こうで、二人は声を抑えて話し始めた。


「梅雨、ごめんね。今日もまた僕の不運のせいで…」
「伊作のせいじゃないから、謝らないで。学園長先生のことは、どうしようもないもの」
「けど…今までのこともあるし、総合しても僕が悪いから」
「それだって、伊作だけのせいじゃないわ。ちゃんと話し合わなかった私もいけなかったんだから」


ひたすら謝る伊作を、蛙吹が慰めている。
これを聞いてると、伊作に対する妙な怒り…というか、じれったさに対する何かがわいてきた。
蛙吹が違うと言ってるんだから、素直に肯定しときゃいいのに。あいつ、本当にわかってねぇな。

一言文句を言ってやろうかと思って、俺が体を起こした時だった。
蛙吹が珍しく怒った口調で、伊作に対してまくしたてた。


「伊作、今日は私、そんな話をしに来た訳じゃないの!今から言うこを良く聞いて、返事してね!あさっての休み、あいてるでしょ!?」
「あ、あいてるけど…」
「じゃぁその日、町の小料理屋さんに行きましょう。朝から晩まで、一緒に過ごすの」
「え…でも、そんな急に…怪我人が運ばれてくるかもしれないし、」
「店にはもう話が付けてあるわ。それと、もし怪我人がきても新野先生が常駐して下さるし、三年の三反田くんや二年の川西くんにも、伊作の代わりをお願いしてあるから!」
「えぇ!?いつの間に…」
「だから、あさっては一緒に出かけて。もちろん、嫌じゃないわよね?」


ピリピリした蛙吹の声に、伊作は慌てて返事をした。
それを見た蛙吹が、よしと言って天井裏に登る。じゃぁね、と話を終えた蛙吹はあっさりと部屋を後にした。取り残された伊作がポカンとした表情で蛙吹が去って行った天井を見つめていたので、俺は声を掛けた。


「良かったじゃねぇか」
「え?」
「小料理屋ってことは、あれだろ?蛙吹の方から誘ってきたんだから、遠慮しないでいいと思うぜ」
「え………、って、ももももしかして、そういうこと…!?」
「それしかねぇだろ」


小料理屋っていうのは、奥の座敷が逢引に使われる場所として提供されている。
一緒に行こう、と言った蛙吹は、きっと最初から今夜が上手くいくとは思っていなかったようだ。用意周到に、店まで予約して。

蛙吹の言葉をやっと理解した伊作は、途端に顔を赤らめて立ち上がった。


「留三郎、どうしよう…!」


どうしようも何も、やることは一つしかないと思うんだが。
俺は混乱する伊作にこれ以上声をかけることなく、今度こそ休もうと体を横たえた。伊作はずっと騒いでいる。さっきまで落ち込んでたのは一体どこの誰だよ。
それよりもお前、どうせ今夜は一線を越えるつもりで夜這いしに行ってたんだから、今さら慌てる方がおかしいと気付け。

まぁ、それでもやっぱり少しは心配だから、当日はこっそり後をつけて見守ってやろうと思う。
別に邪魔をするつもりじゃないぞ。
伊作は不運だからな…たまには、いいことがあったっていいだろ。いつも不運ばっかじゃ、つまんねぇしな。

少しずつ明るくなりつつ外の景色を瞼の裏から感じながら、俺は短い眠りへと誘われた。



伊作に関しては不運な話しか書けない

今度こそうまくいくかどうかは、お好きにご想像して下さい
でもたぶん、留三郎が頑張ってくれる気がします
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