俺は目を疑った。

梅雨に謝りに行こうと決意して、梅雨の家のドアを開けた瞬間だ。
聞き慣れた声が、俺の突っ立っている場所へと届いた。

『やぁん、あん…あっ…!』

梅雨のよがる声。
何をしているかなんて、考えずともわかる。
だって…
でも、そんな、一体誰と?
相手は…?

そんなことを考えていた俺は、気付いた時には梅雨の家に上がり込み、声が聞こえてくる寝室のドアに手を掛けていた。
勢いよくそこを開ければ、

「ひぐ…や…痛い、やぁ…っ」
「痛い、じゃないだろう?おねだりの仕方は教えたよね」
「っ、ぁ…でも、」
「悪い子にはお仕置きが必要だよ。…あぁ、三郎」
「さ…!?」

目の前には最悪な光景が広がっていた。
ベッドの上で四つん這いになる梅雨は、手錠を付けられ、アイマスクで視界を奪われている。
雷蔵が俺に気付いたことで、梅雨にもそれが伝わったみたいだが、次の瞬間には叫びにも近い声で俺を拒絶した。

「やぁっ!見ないで、三郎…!」
「っ、」
「梅雨、せっかく来てくれた三郎にそんな言い方はないだろう?でも、そうだね。三郎、僕と梅雨はヨリを戻したんだ。梅雨は今は僕のもの。僕の言いたいこと、わかるよね?」
「っ、ざけんなよ!梅雨にそんなことしといて、何がヨリを戻しただ!無理矢理犯してるだけじゃねぇか!!」

頭に血が昇って、俺は雷蔵を殴り付けた。
ヨリを戻したって何だよ…俺たち、別れてなんかない。
確かに俺はあの日、梅雨を置いてこの部屋から出てったけど…

「っ、三郎、ごめんなさい…ごめんなさい…」

梅雨の弱々しい声が耳に届く。
わかってる。
悪いのはお前じゃない。
お前が雷蔵を拒絶したことは、ちゃんとわかってるから…
悪いのは、お前を置いていった俺と、そんなお前に付け込んだ雷蔵だ。

俺は雷蔵の襟元を掴み上げ、うっすらと笑うその顔に、もう一発拳をぶち込んだ。
一度むせた雷蔵は、俺を見てご挨拶だね、と言った。

「今まで一体何してたんだい?梅雨が君を待っている間、僕はずっと梅雨を抱いていたよ」
「っ、雷蔵、お前…!」
「ふふふ、可哀相な梅雨。三郎に見捨てられ、傷心だったところを、僕は慰めてあげたんだよ。僕は二人が別れたんならいいか、と思って手を出しただけ。だって、置いてったのは三郎でしょ?」
「そうだ…そうだよ、梅雨を傷付けたのは俺だ。だけど梅雨にこんな無理矢理するなんて、お前だって間違ってる!」

俺は、雷蔵と梅雨が、昔付き合っていたことがあるんじゃないかと考えていた。
単なる幼馴染にしては、二人は仲が良かったし。
だけど気付いた時には俺はすっかり梅雨に溺れ、聞くのが怖くなっていた。
親友である雷蔵にすら、嫉妬してしまいそうで…

「そこまで言うってことは…三郎は、梅雨を抱けるんだね」
「!?」
「梅雨と仲直りしようと思ってここに来たのなら、今後も梅雨と付き合って、梅雨を抱けるって言うんだろ?」
「どういう意味だよ…」
「え、違うの?僕に汚された梅雨なんか、三郎はもう抱けないって?じゃぁやっぱり、梅雨は僕が貰ってもいいんだね」

嬉しそうににこにこ笑う雷蔵は、しかし次の瞬間、俺にとっての爆弾発言を投下した。

「なら、子作りを再開しないと」
「子、作り?」
「梅雨を僕から離れられなくするために、その為の足枷作りだよ」

もしかしたらもう妊娠しているかもしれないけどね。
雷蔵の声が耳の奥で反響した。
子作りってお前…中で出したのかよ。

雷蔵の服を掴んでいた手から力が抜けると、雷蔵はまた梅雨の上に跨がった。
すぐに中に出してあげるからね、と怯える梅雨に向かって笑顔で語りかける。

何だよそれ…
お前はそうやって、俺から梅雨を奪おうとしているのか…

「雷蔵」

俺が呼べば、雷蔵は動きを止めた。

「止めろ…止めろよ。梅雨はお前にはやらない。子供だって、作らせない…梅雨は俺の恋人だ!わかったら、とっとと出て行けよ!」
「…僕に犯された梅雨でも、君は抱けるっていうの?」
「あぁ。梅雨が誰に抱かれようと関係ない…俺はそれでも梅雨が大切だ。愛してるんだ。親友であるお前のことだって、俺はもう殴りたくない…これ以上梅雨に何かするようだったら、今度こそ容赦はしない」
「………」
「行ってくれ…行けよ、雷蔵!!」

俺の言葉を聞き取った雷蔵は、静かに梅雨の上からどくと、着崩れた服を直し、ここから出て行った。
去り際、俺の耳にこんな言葉を残して。

『残念だな…二人とも、手に入れられると思ったのに』

俺はその言葉を無視して、未だベッドの上で怯えている梅雨を助けた。
手錠を外し、アイマスクを取って、涙で濡れた顔を拭いてやる。
しかし梅雨は堰を切ったように泣きだし、何度も俺に謝る。

「ごめ…なさい、ごめ…っ!」
「梅雨…」
「ごめんなさい、三郎…ごめんなさい…!!」

鳴咽を漏らしながら泣く梅雨を宥めてやって、俺は梅雨の体を抱きしめた。
可哀相に…俺が、あの時ここを飛び出していなければ。
ずっと、助けを待ってたんだろう?
ごめんな…怖かった、だろう…

「梅雨、ごめん」

俺がすぐに謝りにこなかったから。
変な意地を張ったせいで、梅雨は酷く傷付いていた。

梅雨は謝るけど、そんな必要はない。
悪いのは俺だから。

「なぁ、梅雨。俺本当は凄く嫉妬深くて、お前が他の男と話すことすら嫌なんだよ。雷蔵だけじゃない、お前は可愛い上に性格もいいから、俺はいつもお前が他の男にとられやしないか、不安なんだ。でも言葉にするのは苦手だから、ずっと隠してきた。今更こんなこと言ったって、お前は煩わしく思うだけだからって」
「………」
「でももう限界だ。頼む、わかってくれよ、俺がどれだけお前のことを愛しているか、言葉にするのはこれが初めてだけど、わかって。俺にはお前しかいないんだよ…」

例えお前がどれだけ他の男に汚されようと、何度だって塗り替えてやる。
忘れさせてやるくらい、ずっとずっと愛してやる。
だから、これからも俺をお前の側にいさせて欲しい。
俺には、お前しかいないんだから。


「本当…?私、まだ、三郎の恋人で、いていいの…?」

それはこっちの台詞だ。

答える代わりに、俺は梅雨の体をキツクキツク抱きしめた。

「愛してるよ」

その言葉だけは、偽りなく。


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