「どうしたの、梅雨。急に改まって話がしたいって…」
「ごめんね、伊作くん。実は私、タソガレトキ軍忍組頭である雑渡昆奈門の妻で、元くのいちなの。年も、本当は伊作くんより5つも上よ」
「え?ちょ、何それ…冗談だよね?もしかして、僕を騙そうとしてる?」
「ううん、全部本当のこと。私が忍術学園に来たのは、夫が私以外の人を好きになったのだと思って、その相手を捜しに…まぁ、結局見つからなかったんだけれど。夫には、すぐにバレてしまったわ」
「ねぇちょっと待って、さっきからそんな平然とした顔で僕を騙そうとしているみたいだけど、そうはいかないからね!こう見えて、人の嘘を見抜くのは得意なんだから…」
「今まで騙しててごめんなさい。でも、短い間だけど私、伊作くんの側にいれて楽しかった」
「梅雨…?」
「そういう訳だから、梅雨のことは諦めてね、伊作くん」
「ざ、雑渡さん!?!?」
「あら、あなた」


伊作との会話の間に、今まで気配を断っていた夫が急に現れて、私の肩を掴んだ。にっこりと笑う夫に、つられて私も笑う。状況を飲みこめていないのは、伊作だけだった。


「え、ほ、本当に梅雨は雑渡さんの奥さん…!?」
「はい。間違いなく、」
「あれ、でも蛙吹って…」
「蛙吹は私の旧姓です。今は、雑渡梅雨ですから」


混乱した表情で私と夫を何度も見比べる。伊作は、その内に嘘だ嘘だ嘘だと呪詛のように繰り返していたが、夫の、だから嘘じゃないって、の言葉で目が覚める。やがて恐る恐る私を見上げた彼は、へなへなとその場に座り込んでしまった。
やっぱり、騙されていたことがよほどショックだったらしい。でもね、私だって、色々とショックだったのよ。


「私、伊作くんが伊作くんで良かったわ」
「どういう意味…?」
「さっき言った、夫の想い人っていうのね……話を聞いたら、なんと、伊作くんだったのよ」
「えぇぇぇ!?」
「こらこら、伊作くん。私には梅雨以外に愛する者なんていないから、そんな後ずさりしないでくれ」
「だ、だって…」
「そもそも、私の認識がおかしかったみたいなの。以前夫が戦場で怪我をした時、助けてくれたのが伊作くんだっていうことを知らなくて……私はてっきり、手当をしたのは女の人だと思い込んでしまった。夫は、それを知らずに伊作くんのことを私の前でとても褒めていたから、夫の心は私から離れてしまったのだと勘違いしてしまって…」
「そんなことが…」
「だから、真実を聞かされた時、凄くホッとした。同時に、ものすごーく恥ずかしかったけどね」
「うーん、恥じらう君も中々のものだったよ」
「あなたったら…もう、伊作くんの前ですよ」
「…えっと………」
「とにかく、それで、最近ずっと伊作くんの側にいた私は、捜していた相手が伊作くんだということを知って、これ以上にないくらい納得したわ。だって、伊作くんは夫が言っていた通りの、本当に優しい人だったから」


夫が褒めるのも、頷けるわ。
私はにっこりとほほ笑んで、伊作を見つめた。伊作は言われたことに照れてるのか、少し顔を赤くしながら、そんなことはないよ…と言葉をこぼす。


「確かに僕は、怪我をしている人を放っておけない人間だけど、忍としては全然ダメだってことわかってる。優しいだけじゃ、忍務はこなせないから」
「でも、伊作くんが優しかったから、私の夫は怪我をしても無事に帰ってこられた。伊作くん、あなたのおかげよ。だから私は伊作くんに感謝しているの。あの時、夫を救ってくれてありがとうって」
「梅雨…」
「あなたは忍に向いてないとしても、十分魅力的よ。それこそが、‘善法寺伊作’なのではないかしら。そして私も夫も、そんなあなたが結構好きよ」
「…ありがとう。僕も、二人のことは嫌いじゃない。でもまさか、こうして面と向かってそんなことを言われるとは思わなかったから、驚愕だよ」


伊作は、はははと笑って、私たちに応えてくれた。
それから話はこれからのことになって、私はこのまま夫とともに学園を出るとだけ伝えた。学園長先生には、お世話にもなったし、後で手紙を送ろう。できればシナ先生にも、個人的に便りを送りたい。組頭の妻である立場としては、あまり良くないことかもしれないけど、夫は私の好きにしていいよ、と言ってくれたのでそうすることにする。
それにしても、今回の件があって、夫はこれからはなるべく家に帰ると約束してくれた。私が仕事を優先してください、とそれに首を振ると、気にしないでいいと言われた。だから、離れていた3週間は寂しかったけど、これからはもっとずっと一緒にいられることがわかって、嬉しかった。本当、伊作には感謝してもしきれない。


「ところで伊作くん。また、僕と梅雨がお邪魔してもいいかね?」
「構いませんが……大丈夫なんですか?雑渡さんの部下も、学園の生徒も残念ながらあまり歓迎はしないと思いますが…」
「心配には及ばないよ。忍びこむのは得意だからね」
「まぁ、雑渡さんならそうかもしれませんね。……あ、ちょっと待って下さい」


先に外に出させた梅雨を追って出ようとした昆奈門を、伊作が慌てて引き止める。そして、薬棚から薬の入った袋を取り出すと、昆奈門に渡した。


「これは一体、何の薬かな?」
「梅雨さんに、伝えてください。甘味を食べるのもいいけど、ちゃんと食事はバランス良くとるようにと。でないと、お腹の子は順調に育ちませんから」
「ちょっと待って………今、お腹の子って言った?」
「はい。彼女はまだ気づいてないようですが、恐らく…当たってると思いますよ。何せ、保健委員長の僕が言うんですからね」
「それは、本当に…?」


昆奈門の目は、大きく見開かれた後、やがてゆっくりと細められ、伊作を疑う訳でもなく、ただただ喜びの色を含んでいた。伊作は昆奈門に渡した袋を指差し、薬の説明を付け足した。


「それは、つわりが苦しくなった時の薬です。漢方なので、お腹の子には影響がありませんから、安心してください。そして、雑渡さん。梅雨を大切にしてあげてくださいね」


何って言ったって彼女は、短い間とはいえ、僕の大切な後輩だったんですから。

伊作の声は、酷く、優しく奏でられたのだった。



選ばれたハッピーエンドについて



「お待たせ」
「あら、遅かったですね、あなた。伊作くんとはどんなお話を?」
「うん、それなんだけどねぇ……何だか凄いことを聞いちゃったよ」
「凄いこと?」
「それは、歩きながら話すよ。…ねぇ梅雨」
「はい」
「君を、愛しているよ。ずっとずっと、君だけをね…」

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