2011/06/22 立花SS
女の子の名前は
藤原 雪乃(フジワラ ユキノ)






日課である鍛練を行う為に裏々山に入ったある夜のこと、文次郎の耳に聞き慣れぬ物音が届いた。
不審者か野犬か、とにかく原因を突き止めようと向った彼の目に映ったのは、思いもしない光景だった。

夜の帳が大分落ちた暗闇の世界で、一人のくのたまが木を的にして手裏剣を打っていたのだ。

(俺と同じく、鍛練に熱心なのか…)

そう思ったのもつかの間、さすがにくのたま一人でこんな時間に裏々山にいるのは危険である。
にんたまとくのたまは仲が悪いが、一応一言かけておくかと考えた文次郎は、気配を消したまま近づき、声をかけるタイミングを見計らっていたのだが――たまたま的を逸れた手裏剣の一つが文次郎の真横を通り、後の木に刺さった。

ギョッとした文次郎は、くのたまが振り返る前に口を開いていた。


「あっぶねぇ!」
「!」
「手裏剣の一つもまともに打てんのか! どうやったら真後ろに向かってくるんだ…!」
「す、すみません!!」


振り向いたくのたまは、突然現れた文次郎に驚愕しつつも、その存在を認識して大きく頭を下げた。
学年はわからないが、こうして文次郎に敬語を使ってくるあたり、自分より下の学年なのだろう。
同学年のくのたまなら、偶然でも手裏剣に当たりそうな文次郎に向かって、「そんなとこに立っている方が悪い」くらいは言うだろう。
そう考えると、相手が年下のくのたまで良かったと思う文次郎だった。


「ここで手裏剣の鍛練をしていたのか?」
「はい」
「一人で?」
「はい」
「だがもう遅い…早く戻らないと支障が出るだろう」


と、文次郎は自分でも似つかわしくない科白だとは思いつつ、くのたまを諭した。


「大体、あの腕じゃ、明るいところで打ったとしても、的に当たるとは限らん……こうして夜目を必要とする場所で鍛練するには、お前はまだまだだ」
「そう…ですよね」


それはわかってるんですけど…と呟いたくのたまは、俯いてそれきり何も言わなくなってしまった。

わざわざ夜中に鍛練をするくらいなのだから、彼女は間違いなく戦忍コースに属するくのたまなのだろう。
くのいち教室の上級者は、色を駆使した術を専攻する色コースと、どんな戦場であれ忍として生きていく為のいろはを叩き込まれる戦忍コースがある。
前者は職業柄、たとえどんなに小さな傷でさえ、己の体に付く事を嫌う。
対してこのくのたまは、あちこち泥だらけだし、手にも手裏剣で怪我をした跡があちこちあった。

文次郎は小さな息を吐くと、言葉を発しない彼女に向かって言った。


「あー…お前、学年と名前は?」
「……4年の、雪乃といいます」
「名字は?」
「………」
「まぁ、言いたくねぇなら無理には聞かないが……って、お前4年で手裏剣もまともに打てないのか!?」
「ッ」


思わず出てしまった言葉に、雪乃は肩を震わせて体を縮こませた。
その反応を見て、文次郎は心の中で『こいつ、絶対に忍になんて向いてない』と断言していた。


「雪乃。キツイことを言うようだが、4年でこの実力だったら、この先考え直した方がいいんじゃないか? くのいちだったら、戦忍以外の道もあるはずだ…まぁ、最低限の力量は必要だがな」
「それは、十分理解しています…でも…」
「何か理由でもあるのか?」
「……いえ、何でもありません」


雪乃は軽く首を振り、落ちていた手裏剣を全て拾い集めた。
そして文次郎に向かって頭を下げると、部屋に戻ると言って行ってしまった。

雪乃の背中が消えた方を見つめながら、文次郎は余計なことを言ってしまったかと反省した。
善くも悪くも忍術学園は実力世界。
自分に実力がないことは、彼女自身が一番良くわかっていたことだろう。
だからこそこうして夜中に、一人で鍛練をしていたのだ。


「だが、実力が全てなのも事実……はい上がれなければ、あいつもそこまでだということだ」


どこかすっきりしない気持ちのまま、文次郎は珍しく鍛練を早めに切り上げた。





文次郎が忍術学園に戻ると、同室の立花仙蔵が珍しく起きていて声をかけた。


「どうした文次郎。己の気付かぬ内に熱でも出たか」
「どういう意味だ」
「いつもより帰りが早いから心配してやっただけだ。鶏はまだ鳴いていないぞ?」
「…別に、たまにはそういう日だってある」


仙蔵の言葉にいちいちつっかかるまでもなくかわした文次郎に、仙蔵はおやと思った。
いつもなら、自分がからかえば悪態の一つや二つついてみせるのに、今日は全くない。
それどころか文次郎にしては珍しく、何か考えこんでいる様子だったので、仙蔵は黙って見ていることはできなかった。

隣の布団に入った文次郎を、ついたての上から覗き込む。


「お前、本当にどうしたんだ? 鍛練が取り柄のお前が悩んでいるところなど、気持ちが悪くて仕方がない」
「ほっとけ」
「そうもいくまい。お前が考えていることを、この私に話してみろ。上手く解決してやる」
「仙蔵に頼むとろくなことがない…」


溜息を吐いた文次郎が向きを変えると、案の定仙蔵はおもしろい玩具を見付けた子供のような表情で彼を見下ろし、話すのを待っていた。
それでも同室として、級友としてそれなりに長い期間侵食を共にしていた仲である文次郎は、やれやれとうなだれながら事の顛末を話すことにした。
自分だけが考え過ぎなのかもしれない。
一言、仙蔵の口から「お前は馬鹿か」と罵られれば、吹っ切れるような気がして――

しかし話を聞いた仙蔵が見せたのは、何とも複雑そうな顔だった。


「…ということがあったんだが」
「そうか…それは辛かったな」
「いや俺は別に」
「馬鹿者。誰がお前に同情した。私が辛かったなと言ったのは、そのくのたまのことだ。このような脳みそまで筋肉でできている鍛練馬鹿に出合い頭から説教されて、それはそれは心細かったであろう…」
「は!?」


文次郎は、そういえばこいつはこんな奴だった…と改めて仙蔵の性格を認識した。


「時に文次郎。そのくのたまは‘雪乃’と名乗ったのだな?」
「あ? あぁ…」
「美人だったか?」
「はぁ!?」
「学年は四年…そうだったな」


何やらとんとん拍子に質問を投げ掛けては自分で答えていく仙蔵を前に、文次郎はどうしたんだという目で窺った。

ややあって、仙蔵は思いがけない台詞を吐く。


「そう虐めてくれるなよ……私の大切な妹だ」
「いもっ!?」
「美しい私が火薬を得意とし、成績が優秀であるように、人には向き不向きというものがある。雪乃の場合も同じだ。あれは少し、特殊でな……道とて、自分では選べぬ運命にある」


仙蔵の口から突如語られた「妹」という単語に、文次郎はただただ言葉を失った。
馬鹿みたいに口を開けていたので、すかさず仙蔵から馬鹿にされたのだが。


「おまっ妹がいたのか!?」
「声が大きい。夜中に騒ぐな愚か者めが」
「何冷静に受け流してんだ! じゃぁ何だ、俺が話をしてたのはお前の妹で…名字を名乗らなかったのは、」
「私の妹であることを隠したかったのだろうな。といっても、普段は旧姓を使っていたのだが…あぁ、お前に目を付けられるのが嫌だったのか」
「仙蔵!! …っと、旧姓?」
「…雪乃は元々遠い親戚の娘だ。彼女の両親が幼い時亡くなってな、私の両親が引き取った」


つまり養子だと仙蔵は告げた。

この時代、養子は別段珍しくない。
雪乃のように親を失った子供が引き取られることもあれば、跡取りがいない家が親類の子貰い受けることだってある。
それこそ戦があれば、村単位で焼け落とされることもしばしば、子供たちは様々な境遇に見舞われるのだ。


「そうか…まぁ、悪かったな」
「突然何だ気持ち悪い」
「お前、人が謝ってるのにそれはねぇだろ!」
「謝るなら私ではなく雪乃に詫びろ。死んで償いをしろ」
「できるか!」


無茶苦茶な仙蔵の言葉にようやくいつものペースに戻った文次郎は、再び寝返りを打ち、布団を被った。


「もういい、謎も解けたことだし俺は寝る」
「そうか…いや、もう一度鍛練に行ってこい。明日槍が降るとかなわんからな」
「ほっとけ!」


そうして文次郎はいつもより大分早い休息を取った。
一方で仙蔵は、文次郎の話を聞いてからずっと考えていたことを実行に移すことにした。
すなわち、雪乃に対する立花家の、否、仙蔵としての決断を下すのである。


「そろそろ潮時なのだな…」


そのまますたり、と部屋から姿を消した仙蔵は、朝まで戻って来なかった。





深夜の鍛練から逃げるように戻ってきた雪乃は、頭から布団を被り、眠れぬ夜を過ごしていた。
本来ならこの時間、裏々山で手裏剣の練習に打ち込んでいるはずだった。
しかし偶然会った文次郎に諭され、その上忍としての適性まで問われるようなことを口にされれば――努力家の雪乃だって、逃げ出したくなった。
そう、雪乃は努力家である。

特殊な家系に生まれた雪乃は、本来なら忍にならずとも、一人で食べて行けるだけの素質を持っていた。
それは雪乃の母親もそうだった。
しかし、雪乃を産んだ母親は商家の男と契り、普通の家庭を築き上げていた。
雪乃にもそうなって欲しいと願い、明るく平和な暮らしを送っていたのだ。

しかし、雪乃がまだ4才の頃、母親のことを知った男たちが雪乃の家を襲った。
両親は殺され、運よく生き延びた雪乃も三日三晩寝込んだ。
それから遠縁の立花家に引き取られ、仙蔵と同じく忍術学園に入ることとなったのだが…
成績優秀な仙蔵とは違い、雪乃はことごとく忍務を失敗していた。

雪乃は運動神経がいい訳ではない。
むしろ下から数えた方が早く、本人もそれを自覚していた。
それでも低学年の頃は行儀見習いの子たちも多くいたので、何とかやっていけた。
問題は、四年生になってから。

行儀見習いの友人たちは皆学園を去って行き、残されたくのたまはさらに自分の道を選ばなければならなかった。
すなわち、戦忍としてにんたまと同じ厳しい授業についていくか、色を極めたくのいちとして自分を磨き上げるのか。

雪乃にはそれを選ぶ権利がなかった。
最初から戦忍コースに入るよう、養父母から言い聞かせられていたからだ。

どの忍術も苦手な雪乃は、戦忍コースに進むことは嫌だった。
それでも自分を育ててくれた養父母の期待と愛情に応えるべく、つらい実技の後も鍛練に打ち込み、努力を重ねてきた。
自分には例えこの道しかなくとも、否、この道しかないのだから死ぬ気で頑張らなければ、と己を叱咤してきたのだ。

そんな時、文次郎と出会い――
雪乃は自分の弱さに震えていた。


(どうして私は…あんな程度のことで逃げ出してしまったのだろう。陰口を叩かれたことは今までにだって沢山ある。潮江先輩はただ、私のことを思って言って下さっただけなのに――…それもちゃんと、真正面から)


厳しい先輩だと聞いた事がある。
しかしその分、後輩思いで中途半端なこともしないと。
雪乃が知っている文次郎の情報は、それくらいだ。
しかしあの義兄が六年間同室でやり過ごせてきているのだから、悪い人ではないのだと断定できた。

雪乃は滲み出た涙を拭うと、もう一度忍装束に着替えようと手を伸ばした。
が、途中でその手はピタリと止まった。


「こんな夜更けにどこに行くつもりだ? 藤原雪乃」
「あに、さま…」
「よもや男の所とは言わぬよな? 美しい我が妹よ…――」





義兄の訪問は唐突だった。
唐突で、不躾で…雪乃は思わず声を上げそうになったが、何とか抑える。
薄い夜着を晒さぬよう、布団をしっかり巻き付けたまま問うた。


「いくらなんでも突然すぎます…」
「すまんな。急にお前の顔が見たくなったものだから」
「せめて朝になってからでも良いではありませんか。寝ていたら起こすつもりでしたか? ましてや、あのような事…」
「あれは冗談だ。美しくというのは本当だがな。なに、顔を見るだけではない…話もあったのだ」
「なら尚更のこと、」
「学園を辞めよ」


仙蔵を咎めるはずであった言葉は、音にならなかった。
唐突に告げられた話の意味を理解するのに少し時間がかかった。
数瞬を置いて、雪乃が仙蔵に食ってかかった。


「どういうことですか!?」
「そのままの意味だ。お前は忍に向かない…ならばこれ以上学園に留まる必要もない」
「そんな突然言われましても…! 私が忍に向いていないのは、今に始まったことではないでしょう! 何故そんな急に……父上や母上だって、納得しませんよ!」
「父には私から文を出そう」
「そのような問題ではありません!」


小犬のように吠える雪乃の言葉をさらりとかわし、仙蔵は淡々と語った。


「大体、これ以上忍務を当てられて怪我でもされてはたまったものではない」
「それこそ…今更ではありませんか…」
「今までは必要だったから見守るだけで過ごしていたのだ」
「何故、そのようなこと…」
「それはお前が一番わかっていることだろう、雪乃?」


仙蔵は俯き加減の雪乃の顎を人差し指一本で押し上げると、既に潤んだ雪乃の唇に向かって己のそれを重ねた。


「っ…!?」
「美しい…お前が、私の手の届かない場所で汚されるのは許せん。確かにお前はくのたまとしても実力は下の方だが、今や男の一人や二人、簡単に投げ飛ばせるくらいにはなっただろう?」
「それは……それくらいできなければ、とっくに落第しています…」
「なら問題はない。それだけの力を付けたのだ…もうこのような傷を付ける鍛練など、必要ない」


仙蔵は雪乃の手を取ると、およそ女子とは思えぬ傷だらけのそれを優しく労った。


「よく、頑張ったな」
「っ――」
「お前は本来、戦うことには向かない。もし本当に忍を目指すのであれば、体術ではなく色を習得すべきなのだ。その道なら、お前は誰よりも一流になれる素質がある」
「私が色の素質を…?」
「あぁそうだ、お前の母親のようにな」
「…!」


雪乃は目を見開いた。
母親の死因について、雪乃は詳しく聞かされていない。
だが仙蔵の言葉から、何かしら察したようである。


「それは…私の母が、色を得意としていたということなのですか?」


掠れた声で問えば、仙蔵は「それは違う」と首を振った。


「お前の母親も、お前も…生まれながらにして男が欲しがる体をしていたというだけだ」
「それはどういう…」
「お前の体はな、」


仙蔵の手が雪乃の腹に触れる。
雪乃が驚いて止める前に、仙蔵の指は雪乃も知らない場所へと潜り込んだ。


「イッ…やぁっ!」
「痛いか…未だ貫通していないな」
「あにさま…抜いて下さい、あにさま…っ」


雪乃はついに涙を零し仙蔵の体を押しのけるが、仙蔵は指を動かして中のざらついた部分に触れた。


「いいか雪乃。既に授業で習っているはずだが、ここに男が入るんだ」
「う…ぁ…」
「女のここは個人差があって皆少しずつ違う。そして女の中には、稀に名器と呼ばれる程具合のいい者がいる。この、ざらついたのを持っているのもまた名器だ。それは数百人に一人といない」
「あ…んん……っ」
「だが、お前の家系は珍しくも女は皆名器を持って生まれるのだよ。それが、お前の母親が狙われた理由だ」


くい、と最後に中を押して指を引き抜けば、雪乃は息を乱して仙蔵に寄り掛かっていた。
仙蔵の指には雪乃が出した液で濡れている。
雪乃が見ていないのをいいことにその指を舐め取ってしまうと、仙蔵は改めて雪乃に向き合った。


「並外れた名器は男を狂わす。どんな男でも一度味わってみたいと思うだろう」
「兄様も……そうなんですか…」
「私は名器には興味がない。ただお前が愛おしいだけだ、雪乃」
「兄様…」
「学園を辞めろと言ったのにはもう一つ理由がある。例え戦忍コースであろうと、最低限の色の実技はある。お前を他の男になんぞに触らせてたまるか」
「それが…兄様の本心なのですか?」
「あぁそうだ。そして雪乃、お前を我が妻として迎えたい。その為にも一度家に戻り、準備を進めたいと思ったのだ」
「わ、私が…兄様の妻に…?」
「不服か?」
「いえ、そのような…あっ!」


思わず返事をしてしまった雪乃に、仙蔵はこれ以上なく上機嫌な顔で雪乃の髪を梳いた。
雪乃は羞恥心から顔を真っ赤にして再び俯く。
そんな彼女を優しく抱き留めて、仙蔵は愛を囁く。


「心配せずとも、私がお前を幸せにしてやる…女の喜びだって与えてやれるぞ」
「喜び…?」
「並の男ではお前を満足させるのは難しい。だが、私なら…」
「兄様なら?」


子供のように復唱する雪乃を見下ろして、仙蔵はふと口元を緩めた。


「……雪乃、これからは兄様ではなく仙蔵と呼ぶがいい」
「はい、仙蔵」
「我が愛しの妻よ」


二人の唇が重なり、そのまま布団の上になだれ込んだ。



※※※※※※※

同じ布団とはいえヤッてませんよ←
一緒に寝てるだけ。
もんじは翌日ろ組とかは組に仙蔵に妹がいたって話をするんだけど通り掛かった仙蔵に「勝手に我が妻の話をするな」とか何とか言っちゃってみんなでポカーンとすればいいと思う
みんながお祝いするなかもんじだけが「あれ?昨日は確かに妹って言ってたよな?どういうことだ??」とか頭を抱えて食満あたりに「あの子藤原雪乃って言うんだから、妹な訳ねぇだろアホ隈」って言われて「何だと三百眼!」みたいな感じにまた喧嘩してくれるといい

どうでもいいことだけど携帯から編集中に何度も何度もいや何十回も「Proxy Error」って出るから嫌になった。
何十回に一回だけ成功すんの。普通逆だよねぇ?

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