2010/11/11 転生シリーズ(竹谷SS) 女の子の名前は光 「お前が好きだ!」 嘘の混じり気のない真っ直ぐな瞳は、いつだって全力投球。拙い言葉など必要としない、それだけの魅力があなたにあるから。 でも、 「ごめん…私、竹谷くんとは付き合えないよ」 「光…」 「ごめんね」 私は竹谷くんをフッた。 多分、きっと、いえ絶対に私は竹谷くんが好き。好きだから怖い。その幸せを失う時が。 「私…まだ忘れられない人がいるの」 そう言えば、あなたも諦めがつくでしょう? 私はずっと、昔を想って生きていくの。これからもずっと… (・・・・) 竹谷くんとの出会いは、もうずっと前に遡る。おかしなことに、それは今から数百年も前のこと。その間私たちがずっと生きてきたという訳ではもちろんなく、私たちはいわゆる「転生」というものを果たした。 現代と呼べる時代で、偶然にも同じ大学の学友という関係で再会したりして。でも竹谷くんは昔のことを一切覚えていなかった。 前世での竹谷さんと私は、互いに15を過ぎてから出会った。私もいい歳なのだから嫁に行きなさいと言われる日々の中で、医者をしていた父は私の好きなようにしていいと言った、数少ない味方であった。私は父の手伝いをしながら医学の知識を身につけていた。そんな時、竹谷さんはやってきた。 『すいません…ここに医者がいるって聞いたんですけど』 『はい。生憎と父は今隣の村まで行ってまして…簡単な用件でしたら、私でも承れますが』 『あ…じゃぁ血止めの薬か何か出してくれないか?』 『血止め…?』 その時初めて、血のにおいが鼻を掠めた。どこからだろうと思っていると、家の入口の土間に血の痕が落ちていた。それは今もなお上から垂れている。 そこにいた人物はまさしく…竹谷さんだった。 『大変!怪我してらっしゃるの!?』 『あぁ…ちょっとな、ヘマしちまって』 『すぐにお上がりになって。手当てしますから』 『悪いな』 竹谷さんはすぐに居間に上がって、上着を脱いだ。そして背中には恐らく矢の一本でも射られたのだろう。抜かれてはいたが、そこから血が滴り落ちていた。 『毒矢ですか?』 急いでお湯を沸かしながら、私は尋ねた。 『いいや、普通の矢だ』 『なら、血を止めるだけで済みますけど…あちこちにも怪我をしてらっしゃるじゃないですか。何故、こんなことに?』 『悪いがそれは言えないんだ…』 『そうですか…』 『あ、だけど手負いの俺が此処に来たからって、あんたに迷惑をかけることには絶対ないから!そこは安心してくれ』 『あったら困りますよ。全く…私は光と申します』 『俺のことはハチと呼んでくれ』 『ハチ?犬の名前みたいですね』 『まぁ、呼べればなんでもいいからな』 竹谷さんはそう言って、大人しく私に手当てをされていた。竹谷さんの言う通り怪我には一切毒が入ってなかったようだけど、念のため傷口に感染症予防の軟膏を塗り、二、三日様子を見ることになった。最初は気付かなかったが、右足も負傷していたのである。 『何から何まで悪いな。旦那は?』 『私はまだどこにも嫁いでいませんよ』 『え、そうなのか?』 『ハチさんこそ、そんな怪我で家に戻ったらお嫁さんが心配するんじゃありませんか?』 『や、俺もずっと一人だし』 『…そうなんですか?』 持っていた桶を起き、振り返ると互いの視線が交わって何とも言えない雰囲気が漂った。私はごまかすように立ち上がって、再び土間に向かった。 『今から夕餉を作りますが…食べていかれますか?』 『え、あぁじゃぁ頼む…』 『雑炊でもいいですか?』 『構わないぜ』 『では』 私は厨房に立ち、米を洗い終えると鍋を囲炉裏に移動させた。それからささやかであるが、今朝仕入れてきた魚を焼き、初めて父親以外の男の人とこうして夕食を共にした。しかも二人っきりで。私には全てが初めての経験だった。 それから竹谷さんは怪我が治った後も度々うちに寄るようになり、父とも面識を持った。父は男らしい竹谷さんをすぐに気に入り、親子で付き合いを持つ内にやがて私は彼の元に嫁ぐことになり、祝言を挙げた。 竹谷さんは忍をやっているといい、その為に本名を名乗れなかったこと、いつ危険な目に遭うかわからないが、何も聞かずにわかって欲しいと頼んだ。 私には忍という職業はよくわからなかったが、竹谷さんが自分の仕事に誇りを持っていたことを知っていた。初めて会った時のような怪我をされては心配だけど、大きな怪我はあれ以来なかったので、必ず生きて帰ってくれるのならそれでいいと思っていた。 私たちの新居は父の家からすぐに近いところになった。忍務で家に帰ってこないことの方が多いから、私を気遣ってくれたのだ。 『俺は忍をやってるから、いつ死ぬかわからない。それでも、お前たちを残して死にたくはない…絶対に生きて守るから!』 あの時の真っ直ぐな瞳を忘れない。私は泣きそうになった瞼を閉じ、静かに頷いた。二人の手が触れる私の体には、竹谷さんのややがいた。 『私…幸せです。あなたに愛されて良かった』 『おいおい、こんなことで泣くなよ』 『いえ、泣かずにはいられませんよ。私は一生あなたについていきます。例えその先が地獄だとしても』 『はは…まいったな。それじゃ俺、絶対に死ねねぇじゃん』 もとより死ぬつもりはなかっただろうが、あの時の竹谷さんはとても気恥ずかしそうに笑ったのだ。絶対に死なない自信があるようにも見えた。だから私も安心しきっていた。 腹が大分膨れてきたある朔の日に竹谷さんは忍務があると言って出て行った。それっきり、帰ってこなかった。 忍があるべき場所に帰ってこない。その意味を、私はその時になってようやっと理解した。 土曜日の喫茶店は概ね混んでいる。そうでなければ店は経営していられないし、世の中には極当たり前の風景である。ただし、中には少なからず例外というものが存在するもので、今私がいるこの場所もその例外だった。 大通りから外れたこの小さな喫茶店は、知る人ぞ知る隠れた寛ぎの場なのである。 そして目の前には何故か、先日フッたばかりの竹谷くんがいる。彼は今日もあの日のように、真剣な目を私に向けていた。 「それで…竹谷くん、用って何?話がこの間の件なら…」 「そのまさかでわりぃけど、俺、まだ光のことが諦められねぇんだよな」 「え?」 「俺じゃダメか?もう一度考えて欲しい…そりゃ、好きな人を忘れるなんて簡単にできる訳ないってわかってるけど…やっぱり、俺を見て欲しいから」 好きなんだ、と彼はもう一度言った。 私は言葉を紡ぐことも忘れてじっと竹谷くんの顔を見る。あの頃とは髪も顔も違うけど、一目見て私は竹谷くんが私の夫であった人であることに気付いた。その瞬間、言葉にならない感情が渦巻き、抱き着いて伝えてしまいたい言葉をぐっと堪えた。 彼は確かに私の愛した人の生まれ変わりだけど、あの人とは違う。そして、彼の方は気付いてないのだろう。何も知らない。竹谷さんがいなくなってしまって、残された私がどんな気持ちだったのか。悲しくて私も死んでしまいたいと思ったことも。でも、できなかった。だって、私には竹谷さんのややを産んで立派に育てなければならないという使命があったから。 竹谷くんは、知らない。何も。 「その…光が好きだった奴って、どんな人?」 何も喋らない私に、竹谷くんはおずおずと切り出した。 「優しい…人だったよ。凄く。いつも私のことを考えてくれて、明るくて、元気で、まるで太陽みたいな…」 「………」 「だから、竹谷くんとは似てると思う」 「…え、」 「でも、もう彼はいないの。ずっと会えない…これから先、ずっとね」 視線を落とした私の前に、竹谷くんは何かを言おうとして口を開いたけど、結局何も言わずに閉口した。なみなみと揺れるカップの中の紅茶には無表情の自分の顔があって、嘘でも笑顔を浮かべることはできなかった。 その代わり、ゆっくりと言葉を紡ぐ。いつか機会があったなら、竹谷くんに聞いてみたいと思っていたこと。 「竹谷くんはどう思う?大切な人に、一人残されること」 「え?」 「心を通わせ合って…ずっと一緒にいようって約束したのに、相手がいなくなっちゃったの」 「それ…光の好きな奴か?」 「うん」 竹谷くんはひゅっと息をのんだ。 それから、私は言葉を続ける。 「私だけ残されて、凄く悲しかった。あの人がいないなら生きているのも嫌になるくらい、好きで、愛してた…」 「………」 「だけどいくら泣いたって、待ち続けてもあの人は戻ってこなかった。何年も何十年も…最後まで、あの人は…」 「光…?」 竹谷くんが怪訝そうな声を出す。私は滲み出した涙を隠すように拭って、首を振った。 「…ごめん、何十年もっていうのは比喩」 「あぁ、」 「でもそのくらい、私があの人を愛していたのは本当だし…その間、私はずっと淋しかった」 「…つらかったんだな」 「うん…」 「今もまだ、つらいのか?」 「わからない…本当なら、この気持ちももう風化してると思ったの。でも…」 生まれ変わったこの世界で、竹谷くんに出会ってしまった―― 忘れかけていた感情が、呼び覚まされた。 顔を上げた私は、目の前の竹谷くんの顔を見て驚いた。明るく太陽のような彼が、目の端から涙を流している。 私は目を見開いて言葉を失った。 「竹谷、くん…」 「わりぃ…なんか、出てきちまって。下手な同情とかじゃないから、怒らないでくれ」 「そんな、怒ったりなんて…」 竹谷くんはごしごしと手で顔を拭う。けれどそれが止まることはなかった。 竹谷くんは涙を流しながら、静かに語る。 「やべ…恥ずかしいけど、なんか止まんねぇわこれ。ごめん」 「………」 「光がさ、そいつのことをすげぇ好きなのを知ったら、俺の胸も苦しくなってきたんだ。ぐっと締め付けられるような…」 「竹谷くん…」 「でもさ、俺思ったんだけど、光が好きだった奴も、絶対光のことを大切に思ってたはずだぜ。光を残していくことを、凄く悔いてたに違いねぇよ…なぁ、だからもう、光はもう泣くな。泣かなくていいんだ。そいつの気持ちだって浮かばれねぇだろ」 「…うん」 気付いたら、私もまた泣いていた。 静かに頬を伝う熱い塩水がぽたり、と白いテーブルクロスに落ちて染みを作る。竹谷くんは顔を隠すようにして涙を拭った。そんな彼に、私はそっとハンカチを差し出した。 「ねぇ竹谷くん、私、愛されてたのかなぁ」 「当たり前だろ!」 間髪入れずに答えてくれた竹谷くんに、あぁやっぱりこの人は私が愛した人と変わらないと思った。姿形は違えども、優しい心は同じ。ずっとくすぶっていた私の気持ちを救ってくれた。 竹谷くん、ありがとう。 私も愛していたよ… 互いに向かい合った泣き顔を見て、私の心はほんの少しだけ…勇気をもらった気がした。 ※※※※※※※※ 「竹谷さん」と「竹谷くん」は使い分けが上手くいかなかった… 二人はこの後、ゆっくり距離を縮めていきます しかし設定を生かしきれてない |