Clap
拍手ありがとう!




波は大荒れ、空は曇天。
それだけで済めばいい方だ。新世界の海にしては随分穏やかな荒れ具合のなか、とある立派な船が白く大きな帆に強風を受け進んでいた。
旗に描かれたその象徴からして、海賊船ではない。お行儀よく航行しているようにしか見えない船だったが、その乗組員までもが同じように気品溢れる紳士淑女というわけにはいかないようだった。

「船長!船底に穴が空いたようです!左舷後方弾薬庫から水が!!」
「メインマストのロープが風に流され…うわぁっ?!主帆の操縦不可能です、風が強すぎる!!」
「船長、助けてください船が転覆しそうです!うわぁぁあ?!」

そんな騒がしい甲板の様子など知ったことではないと言わんばかりに優雅なティータイムを過ごしている仮面の暗殺者達が、ここ数分でより慌ただしさを増した乗組員達の声を背にやれやれとため息をついた。

「…まァいい、ベガパンクを“全員”始末しなきゃならねェってことは分かった。殺す数が1だろうが100だろうが大して変わりはない」
「おぬしらにとっちゃ殺せる頭数が増えていいんじゃろうが…どうにも手放しに喜べんな。殺した数で競い始めるなよ?」
「馬鹿娘じゃあるまいし、誰がそんなことするか」
「しそうじゃ」
「しそうね」
「クルッポー」
「……」

シルクハットの男が眉間にシワを寄せて些か不機嫌そうな素振りを見せても、同じテーブルを囲む二人は気にもとめない。
この男の不機嫌などいまに始まったことではないし、そもそもこの程度の不機嫌など不機嫌と呼ぶにさえ値しない。
少なくとも、長い脚を弄びながら椅子を傾けてギコギコさせている時点でそこまで機嫌も悪くはないのだろう。
もっとも、その機嫌のよさはどう考えても彼女──彼らと同じく仮面の暗殺者と呼ばれるもうひとりのCP0が甲板の外で響かせている怒声をBGMに聞いている現状のおかげなのだろうと誰もが察してはいたが。
荒れる波と風の音に紛れて騒がしく響く乗組員の慌て声に重なるようにして、ありえない声量の舌打ちが三人のいる船室にも聞こえてきた。
そしてちょうどカクがカップに注がれた紅茶の最後を飲み終えたとき、一等船室に備え付けられた電伝虫がけたたましく声をあげたのだ。

『騒ぐな野郎共!!こんなのそよ風だって何回言わせればわかるの?!いい、ロープから手を離すな!!持ち場を離れるな!!操舵はあたしがやってるから指示された補助だけやりな!!海賊にも劣るような役立たずは甲板から海に投げ捨ててやるからね!!』

海より荒れている船長の怒声に恐れをなしたのか、少なくとも狼狽する泣き声のような情けない声は聞こえなくなった。
だが、乗組員たちに渇をいれるだけではおさまらなかったらしい。大荒れの甲板で今まさに波と戦って操舵に苦戦しているであろう船長の矛先は、一等船室で優雅にお茶を飲んでいる三人へと向かったのだった。

『それから船大工共!!何を呑気にお茶なんか飲んでるのよ、とっとと弾薬庫にいって水漏れを直してきたらどう?!沈没したら困るのはそっちでしょう!』
「誰に向かって口を利いてる、口を慎めバ──」
『あたしを船長に命じたのはルッチさんですよね?いいからさっさと行ってください、カクもよ!』
「…………ッチ」
「まー流石に沈没は勘弁じゃからな。ほれ行くぞルッチ」
「人使いの荒い海賊だ」
『全部聞こえてますからね?!ったく船長だけ働かせて自分達だけ茶ァ飲んでるとかどんな船員よ、ありえないったら』

船長のぶつくさ声に尻を叩かれるようにして船室を後にする男二人を見送りながら、短い金髪を美しく波打たせた女がくすりと笑う。
サイファーポールどころか世界政府全体を見ても抜きん出た才を持つあの二人を顎でこき使う船長の方がよっぽどありえない、なんて言ったらきっと船長は苦虫を噛み潰したような顔をするのだろう。
まぁ才が抜きん出ているのは彼女も大概だけど、とステューシーはハットリが残していった豆の一粒をくるりと指で持て余しながら微笑んだのだった。






「near the EggHead〜1〜」

(ステューシー?お茶飲んでる暇あったら甲板出てきてくれる?)
(…あなた私のことまでこき使うの?)
(今二人くらい海に落ちちゃってシンプルに人手が足りないの、いいから早く来て。縄くらい引けるでしょ)
(本当に人使いが荒いのね、貴女がサイファーポールじゃなかったら殺してるわ)








- ナノ -