企画 | ナノ





「えっと、…ね、あ」
「俺か?静雄だ、平和島静雄」

そうだ、平和島静雄だ。頭のなかを探しても見つからなかった名前が相手から、静雄からポロリと零れて私はまた泣きたくなった。私の持つ日記と化している手帳には、これは病気なのだと記されている。少しずつ少しずついろんなことを忘れてしまう病気。今ではもう1日分ほどしか記憶のもたない頭の病気。詳しいことはわからない。だって、忘れてしまうから。

「今日は、一緒に買い物をしてぇんだろ?」
「え、あ、」
「昨日予定たててんぞ」

静雄にそう言われ、手帳の中の一番新しいページを覗くと、赤いはなまるの付けられた“静雄と買い物”の文字。あぁ、そうか、静雄と買い物に行く約束だったんだ。いや、買い物についてきてくれるよう頼んだのだ。静雄になら、任せられる。過去の私はそう思ったのだろう。何かあったときに、もし一人で困ったならば彼ならなんとかしてくれる、と。
それは、なんて、浅ましい依存感なのだろう。

「どうした?行くぞ?」
「は、はい」
「手前が敬語使うなんて違和感あるな」
「…え、そうなんです…そうなの?」

渇いた笑みを浮かべる静雄になんだか、ツキリと胸の痛みを覚えつつ、小さく微笑み返した。
彼の好きな私は一体いつの私なのだろう。病気になる前なのか、後なのか、一年前か、昨日なのか、はたまた、私を好きではないのか。いや、それはないだろう。彼の表情は誰かを大切に思っている顔だ。おそらく、私を。…いや、いつかの私を。
そして、いつかの私も彼が好きで、今の私もそんな彼が好きなのだ。

「一体誰と戦ってるんだろう」
「あ?」
「なんでもない、よ。えっと、何するんだっけ?」
「買い物だ、買いもん」

手を引いて、分からない私を連れてってくれる。だけどもそれは、いつかの私を連れているのであって、今の私はその私に連れていかれているのだろう。なんて、悪循環。いっそのこと全部忘れてしまえれば、いいのに。

「なんだ、元気ねぇな」

だけど、小さく笑って頭を撫でてくれる、そんな彼を忘れるなんて嫌なのだ。
結局のところ、青い鳥はやってこない。流れ星には告げられない。ミサンガは捨てられる。短冊は飾りで終わり。必死こいて頑張ったところで、きっと世界は変えられない。

足掻いたところで巡り巡ってそしてまた巡って、忘れてしまうのは私の方。
謝ることすら忘れて、全て忘れて、彼に笑みを向けるのでしょうね。

それでも、私は、私だけは、幸せなの。彼がぶっきらぼうに笑って、名前を教えてくれるだけで、私の世界は色づいてく。
彼の隣にいる、それだけで、私は。


貴方のことを考えてない、最低な女ね。


シャングリラがみつかりません

彼のシャングリラは何処にある?

Thanks/曰はく、