「ケーキタベイクヨー!」と星野がチャンスに引っ張り出されたのが一時間前。
突然のことに全く頭が追いつかなかったが、目の前の肩は嬉しそうに、楽しそうに揺れる、揺れる。
スキップでもしかねないその姿に、星野は思わず溜息が漏れた。



「ココ!」そう言ってチャンスに案内されたお店は、星野でも知っている川崎でも有名な洋菓子店だった。
雑誌にも載る程人気なお店の筈なのに、目の前の建物には全く人の気配がない。

「close…」
「あ?」
「オミセ、ヤッテナイ」
「は?」

がっくりと肩を落としたチャンスに続いて扉の方へ行けば、お店の休みを知らせる掛札の下に、もう一つ、日本語で書かれた掛札がある。
星野の視線の先にあるそれに気付いたチャンスが「ナンテカイテアル」と少し拗ねたように言った。

「大変申し訳ございませんが、土日祝日はカフェは定休日となっております。直接工房の方にお越し下さい」
「テイキュウビッテナニ?」
「休み」
「コウボウハ?」
「物作るとこ。この場合ケーキな」
「オコシクダサイ」
「ちょっと待て、連れてってやるから」

ちょっと前まで掛札を見て拗ねていたチャンスの期待の眼差しを受けながら、星野は工房の位置を示す地図を見た。
場所を把握した星野が無言で歩き出し、チャンスが慌ててついて行く。少し歩けばすぐ工房に着いた。
階段を上がり、お店の扉を開ければ、甘いケーキの匂いが鼻を擽る。
ショーケースに並ぶ色とりどりのケーキにチャンスが目を輝かせ、大きな声を出す前に、星野が手で口を抑え黙らせた。
チャンスが星野を睨みつけたので「周りみろ。騒ぐな」と星野が釘を刺せば、言われた通りぐるりと周りを見渡して大人しくなった。

「ヒトイッパイダネー」
「人気あるからな」
「ホシノナニタベル」
「お前は?」
「アレト、アレト、アレ」
「三つも食うのかよ…」
「タベルヨー」

店員に注文を聞かれ、チャンスがカタカナを必死に読み、答える。四つ目を頼もうとしたところを星野は肘で小突いて止めさせた。
チャンスが文句を言おうとしていたが、それを無視して店員にケーキの名を告げる。
結局、星野はザッハトルテを注文した。

*

ケーキの入った箱を大事そうに抱えてチャンスは歩く。
星野はチャンスに持たせたら危ないと思って自分が持つつもりでいたが「ワタシノケーキ!」と言って星野の手から奪いとった。

「チャンス、あのケーキ屋誰に聞いたんだよ」
「アサカトクサノ。コノマエツレテッテクレタ」
「……男だけでよく行けたな」
「アトコンドーモイタヨー」
「近さんが…」

星野はキャプテンである近藤が、あのお店で若手と一緒になってケーキを食べていた姿を想像出来なかった。

「オイシカッタ。ダカラホシノトモタベタカッタノニヤッテナカタ!」
「…ケーキ買えたんだから良いだろ」

チャンスの口から紡がれた言葉に緩みそうになる口元を手で隠し、何とも思ってないようなことを言って、平然を装うのにほんの一瞬、間を置いた。
チャンスは星野の受け答えが鈍ったのを見逃したわけではないが、あえて何事もないように続ける。

「オイシイモノゼンブ、ホシノトモタベタイ」
「…そうかよ」
「ワタシオイシイオモッタモノホシノ二オシエルシタイ」
「間のる、いらねーよ。教えたい、だ」
「ソレニ、ホシノトタベルトテモオイシイ」

ぴたり、星野の足が止まる。
それに気付いたチャンスも足を止めて、星野に向き合った。

「ホシノハ?」
「お前、わざとだろ」
「ナニガ」
「テメェ…」
「ハヤクコタエル!」
「…帰るぞ」
「ホシノ!」

無言で歩く星野の横を、チャンスが問い詰めながら歩く。
星野も、チャンスと同じように思っていた。
チャンスと食事をすることは、一人の時より面倒くさい上に、うるさい。それに少し疲れるが、美味しく感じた。
ただ、それを言葉にするのは恥ずかしい上にプライドが邪魔をして出来ない。
チャンスはそれをわかっている上で、無理にでも聞き出そうとする。
そうでもしないと、星野は言ってくれないから。

「ケーキ食べたいんだろ」
「ワタシキイテル!」
「あークソっ、俺だって美味いと思ってるよ!」

星野は舌打ちを一つして歩を進める。
殆ど言わせたようなものだったが、それでも、今の言葉に嘘はないと確信し、チャンスは嬉しくなって前を歩く星野を追った。
ほんのり赤くなった耳がそれを証明していた。



川崎、ここで僕らは

「ホシノガオイシイオモッタミセモオシエテ!」
「…考えとく」





*
素敵企画"ほしかん!"に参加させて頂きました。
ありがとうございました!

20110117 一青

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