遠い。
距離が、遠い。
地理的な距離も、精神的な距離、も。
手を伸ばしても届きはしないし、たとえ届いたとしても、それは衣服を掠めるだけで、きっとその腕を取ることは出来ない。
そして空中をさ迷った片腕は重力に従ってゆっくりと元の位置に戻る。
どんどん背中が見えなくなって、不安になって慌てて追いかけるけど、結局追いつかない。
景色は流れて、ぽつんと一人暗闇に閉じ込められる。
彼は、何処に消え、た?



「っ………」

はっと目が覚める。
汗が張り付いて気持ちが悪い。

嫌な夢、だ。
どうしようもないくらい焦がれていた人の隣を、やっと手に入れたと思っていたのに、なかなか会えない。
仕方がないことだとわかっていても、できることならいつも会いたいし、電話もしたいし、触れたい。
結局、手に入れる前と何も変わってないように思える。


(……シャワー浴びよ、)

時間を確認すれば、出発までまだゆうに三時間ある。二度寝するには少し考えすぎて、頭は覚醒してしまった。
仕方がないので、ゆっくりシャワーを浴びて、さっぱりして、いつもより早くクラブハウスに入ろう。

シャワーを浴びようとベッドから降りて携帯を脇に置こうとするところで携帯が着信を知らせた。
放って置こうと思ったら、ディスプレイに表示された名前に慌てて電話をとる。
もしもし、と焦がれていた人の声が聞こえて思わず第一声が裏返った。

「なんだよ今の声」
「あ、いや、」
「ま、良いや。寝てた?」
「起きてました」
「そ、良かった」

電話の先で、安心したようなあの人、近藤さんの顔が思い浮かぶ。
こういうところを気にするのは、キャプテンだからじゃなくて、多分そもそもの人柄なんだろうと思う。

でも、近藤さんから電話してくるなんて珍しい。
もしかしてなんかあったのかな。でも何かあったらそれはきちんと自己処理する人だし……少しは頼って欲しいってのが本音だけど。

「どうかしました?」
「大したことじゃないんだけど。俺、明日、明後日オフになった」
「え、あ、え!?」
「でも、岩淵練習だろ?」

この時間に起きてるってことは午後練だろ。そっち行こうと思ったけど疲れてるだろうしやめるよ。
電話の向こうで紡がれた言葉を頭の中でリピートしているうちに、切られそうになった電話に慌てて制止をかける。

「なに?」
「明日自分もオフなんで大丈夫です!」
「でも明後日練習だろ」
「そうなんですけど…」

だって会いたいじゃないですか。という言葉は飲み込む。
女々しい自分が嫌になる。

「でも、岩淵が大丈夫って言うんなら行こうかな」
「え、」
「なんだよ、嫌なのかよ」
「ぜんぜん!むしろ嬉しいで、す、」

お前ってほんと正直だよな。そう言って近藤さんの笑い声が聞こえた。

「実はさ、最近会ってないから柄にもなく会いたいとか思ったんだよね」
「……近藤さん、もちろん泊まりですよね」
「……やっぱり行くのやめようかな」
「えっ!?」
「冗談だよ」

また、近藤さんは笑った。

電話が来る前まで何も変わってないなんて思ってたけど、しっかりと色々なことが変わってる。
付き合わなければこうやって、近藤さんから電話が来ることも、会いたいって言ってくれることも絶対になかった。
満たされる。さっきまでの不安が払拭される。

「じゃあ、練習頑張れよ」
「夜も頑張ります」
「いや、それは良いよ」

ぷつり、切れた電話に少し寂しくなるけど、夜会えることに期待を寄せて、サイドテーブルに携帯を置いた。
今日は何を食べに行こうか。




title by.cabriole




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