∴部下さん、お目覚めですか
香織が状況を整理しきれずにいると、大成が近づいてきて水を差し出した。
「お前が酒弱いのに、あいつらが酒を無理矢理…すまない」
「あっ、いえっ、私もいろいろとお世話になったみたいで、ごめんなさい」
香織は心底緊張していた。唯でさえ潔癖である大成の家に、酔い潰れた自分が入ってしまったことが申し訳なかった。早くここから出なくては迷惑を掛けてしまうと、香織は立ち上がろうとソファから起き上がると、大成は眉を寄せる。香織は余計不安になった。
「私に気を使ってるのか?酔った人間が下手に動き回る方が迷惑だ。大人しくしていろ」
「はい…」
口調はいつも通り厳しくて、少しだけちくちくするものだったが、香織にはとても優しく感じられた。ふと時間が気になった香織は部屋を見回して時計を探した。円形の黒い淵のおしゃれな時計があった。時間は、長い針がUを指している。もう終電などとっくに出てしまっている。だがここに居座っているのは少し心苦しかった。
「あの、もう帰らなくては…迷惑になりますから」
「…タクシーを呼ぶ。」
大成は携帯を取り出して、タクシーを呼び寄せるために電話をし始めた。お金あったかな、と香織が思い出したように財布を確認している間に電話は終わったらしく、大成はおい、と声をかけた。
大成の住むマンションはかなりセキュリティがしっかりしているのに気づいた。こんな高そうなマンションに住むくらい、大成が凄い人であることにも。マンションを出ると、夜風が肌を冷やした。もう夏に入るというのに、夜はひんやりとしている。心も不思議とひんやりとした。
「それでは、本当にお世話になりました」
大成は香織がタクシーに乗るまで見送ってくれた。そうして、タクシー代まで出してくれたのだ。香織は申し訳なかったので、深々と頭を下げてそういった。タクシーに乗り込んで、発進したタクシーから大成を見つめた。
夜が似合う人だと思った。
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