∴触れる前には消毒を



東雲香織は、とある大手企業に勤めて早1年経とうとしている社員である。彼女はかなり恋愛というものに疎く、誰かとお付き合いしたことなどなかった。そんな女が好きになった上司、大成紀久は、

「私の肩に触れる前に、手を消毒してくれ。」

とんでもない潔癖であった。



「なんで、あんな人好きになるわけ?」

香織の友人である佐藤泉は、同じ会社に勤める同僚であり、こうして恋の話で花を咲かせる仲間であった。そんな泉が、半ばなじる様な様子で香織に問い掛けつつ、右手に持った菓子パンを齧り始めた。

「なんでって…なんでだろう…。」

「潔癖で、触れようとすると嫌そうな顔されたり、消毒しろとか言われたり、私だったら絶対無理!」

「あはは…。」

今まで録に恋愛を経験したことのない香織には、何処が好きであるかさえはっきりと掴めてはいなかった。確かに顔立ちも立派だし、出立ちもスタイルも仕事の要領に関しても誰から見ても申し分の無いものだ。だかしかし、極度の潔癖である大成は、人を寄せ付けないオーラに包まれており、鋭い目つきが更に人を遠くへ押しやるように、大きな圧力を持っていた。

「あの、人を寄せ付けない感じが、いいのかも…。」

「あんたって、本当に物好きね。最初はともかく、あの人の潔癖を知ってもなお好きでいるなんて、不思議すぎる。」

「そうかなぁ?」

「ま、あんたが後悔しないなら、別に私はそれでいいんだけどね。」

そんな話をしているうちに、昼休みは終わろうとしていた。香織と泉はお互いに昼食を済ませ、午後に残っている仕事へと向かった。



午後の仕事は正直気が乗らない、と思っていた香織であったが、大成の顔を再び見た途端に、そんな考えも気だるさも吹っ飛んでしまった。
香織が大成のことを知ったのは、香織が会社に入社して一ヶ月目を迎えようとしていた時、とんでもない潔癖の上司がいる、ということを新人たちの間での噂を耳にしていた。最初は、そんな人もいるんだな、と他人事のように感じていたのであるが、その二ヶ月後、まさかその噂の的である人物の下に就く日が来たのであった。大成に挨拶をした時、あの物々しい圧迫感に呼吸が止まりそうで、吃っていた香織は、彼に書類を渡しに行く度々に、手を洗ってこいだの消毒をしてこいだの言われて、かなりへこんだ事もあった。だけれどそんな扱いを受けて、どうやったら彼が不快に思わず自分に接してくれるかということを考えているうちに、好きになっていったのかも知れない。

そんな潔癖の彼にも仲の良い友人がいる。別の部署で部長を務める、山本和明。大成の同期である山本は、性格こそ正反対であるものの、何故か不思議なほど相性がよかった。大成は、山本に触れられる時にだけは嫌な顔をすることなく、普通に接しているため、周りからは男色家なのではという噂が立つほど、仲のいい二人であった。
そんな山本が、別の部署であるこちらにまでわざわざ顔を出してきて、

「おい大成、合コンしようぜ。」

と言い始めたので、大成は半ば呆れ顔でため息をついた。

「俺じゃなくて、他のやつを誘えばいいだろう。」

大成は、気を許した相手に対して、一人称を"俺"と変えるらしく、いつもと違った若々しい雰囲気に、香織はときめきながらデスクに積み上げられた書類のチェックをしていた。

「えぇー、いいだろ、仲いいんだし。女の子はここの部署の子がいーな。」

そう言った山本と、香織の目が、不意に合ってしまった。

「決まり、そこのお嬢さん、今日俺達と飲み会ね!」

「えっ…あ、あの。」

こうして、彼女は大成と山本、山本の部下の女の子と私で、飲み会することになったのである。



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