01

 エージェント皆が集められた会議室に、息の詰まるほどの静寂が流れていた。襲撃事件後から実に一週間が経ち、ようやく皆の気持ちにも整理がついた頃だった。ローゲンはエージェント達が集まったのを確認しながら、一つ空いた席にやるせなさを抱き口を開いた。
「まず、先日の襲撃事件のことについてだが…申し訳なかった。俺達が基地を空けていた間、待機をしていた本部係の者たちには多大な苦労をかけてしまった。そして―ガブリエルを救うことが出来なかった」
 ローゲンの謝罪の言葉には、忸怩たる思いが含まれていた。その切々たる重みに、皆は顔を上げることが出来なかった。
「この一週間、諜報係を使って襲撃事件のことについて調べ、一人の人物に辿り着いた。それは―漣秀臣だ」
「サザナミ?蝶子と同じファミリーネームね」
「…漣秀臣は、私の父です」
 蝶子は顔を伏せたまま小さくそう言った。
「え―?」
「それについては、後から話そう。今は、事件の事実を述べさせてくれ」
 蝶子の口から告げられた真実に、一同はざわついた。しかし、ウィリアムとロンショウは顔色を帰ることなく、ただ黙然と聞いていた。騒然とする皆を鎮めるように、ローゲンは口を開いた。
「漣秀臣は司令部のトップで、俺達の上司にあたる。そして、俺達が所属するUN-0という機関をつくったのもこの人物だ」
「そんな人物でありながら…何故、あの事件に関与しているんだ」
 スティークはローゲンの隣の席から問いかける。それは、皆が抱いた疑問だった。
「…奴の目的は"平和"だ」
「平和?」
 スティークは眉を寄せて聞き返す。ローゲンは一度深く頷いて、こう告げた。
「俺が初めて奴に呼び出されて話したとき、平和のためならどんなことでもすると言っていた」
「どんなことでも、ねぇ…」
 ローゲンの右隣に座っていたガンダルは、椅子の背もたれに体を預けてそう呟いた。
「奴が関与しているのは先日の襲撃事件だけではない。佐藤あいか襲撃事件、その他諸々この男が関与している。まず襲撃事件で侵入したテロ組織についてだが、このテロ組織は、俺の…妻と子を奪った自爆テロを行った組織だ。俺とガンダルさんで介入し殲滅したはずだったが…残党が襲撃事件を起こした。このテロ組織に情報を流していたのが漣秀臣だ」
 ローゲンは手に持った資料を置き、ローゲンの後ろにあるスクリーンに映像を写し出した。
「奴が買ったテロ組織の残党の基地が、西サハラにある。衛星写真でその基地の様子を暫く監視していたのだが、ここのところ不審な動きがあった。どうやら奴は、ICBMを手に入れていて、それを発射するつもりだ」
「なっ!?」
 それを聞いたエージェント達は、全員が目を丸くして驚いた。
「奴のやり方に賛同した日本人研究者らを中心に、技術や資金の援助があったと思われる。発射の暗号は奴が持っているはずだ。しかし、発射の標的が分かっていない今、容易に動くのはかえって危険だ。それに、現在は世界中がテロや紛争で混乱している。全員でこれにあたるわけにはいかない」
「あの…もしかしてですけど、世界中で起こっている出来事って彼が手回ししているんじゃないですか?私たちを分散させるために」
 レイチェルは控えめに手を挙げて発言した。それを聞いたガンダルは、はぁ、と溜め息をついてローゲンを見やった。
「ますます分からないな。何故、平和を望みながらあえて争いを起こすんだ?」
「奴の腹の底ははっきりと分からない。もし争いの火種を起こしているのが漣秀臣ならば、俺達の敵は必然的に奴ということになる」
 ローゲンは蝶子を見た。蝶子は顔を上げることが出来ず、俯いたままだった。
「蝶子、お前のせいではない。そう思い詰めてくれるなよ」
「――はい、分かっています」
 その声音には、いつものように凛とした覇気が感じられなかった。小さく紡がれた返答には、憂懼と沈痛とが感じられた。蝶子は複雑だった。何よりも胸が痛かったのは、父がこの基地襲撃事件に関わったことで、ガブリエルの命が失われたからだった。蝶子は、正面に座るマキュールの顔を見ることが出来なかった。彼女が深く傷付き、そのショックから無意識に自分を守ろうとした結果、愛した人との思い出を忘れてしまった。今のマキュールにガブリエルの話をしたところで、彼女は疑問符を浮かべるだけだ。ここまで彼女を追い込んでしまったのは、自分の父なのだと思うと、蝶子はいたたまれなくなってしまう。気にするなというローゲンの言葉は気休めでしかなかったのだ。
 ローゲンは蝶子の心持ちを理解していた。だからこそ、それ以上は何も言わずに目を伏せた。


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