07

「君の経歴を見たとき、驚いて声もでなかった。君の妻が私の妻に瓜二つだったんだからね。君の妻の遺品からDNAを採取してわかったんだ、君の妻が私の妻のクローンだということに」
 ローゲンは声もでなかった。絵理子がクローン人間だと聞かされ、すぐに信じられるほうがおかしいだろう。たがローゲンは、目の前の男が言う言葉が嘘ではないと分かっていた。だから、信じたくない事実なのだ。ローゲンは必死に声を絞り出す。
「貴方の研究所とは一体―」
 ローゲンがそう言うと、秀臣の顔は更に険しくなった。
「表向きはただの研究所。裏は倫理を犯すサイコパス。私はこの研究所で今まで働き続け、内部から壊していくことにしたのさ。各研究室の研究データを盗み、研究材料を隅々から消した。罪を犯した研究員は皆、君たちUN-0を利用して消し去ったよ」
「なっ!?」
 秀臣の顔には冷徹な表情が浮かぶ。ローゲンは秀臣の目を見た途端に、背筋が凍るのを感じた。目の前の男は先程の温厚な様子を捨て去った、狼だった。
「犯罪を止めるためなら、"俺"だって禁忌を犯す。いつか"俺"の願いが叶えば、その報いだって受ける」
 ローゲンのこめかみに冷や汗が流れた。つっと伝う汗を感じながら、ローゲンは恐る恐る尋ねた。
「願い…?」
「ああ。"俺"は今まで、平和のために人生を研究や国連に捧げてきたんだ。目指すのは、犯罪のない、テロの起きない、戦争の起きない、平和な世界。いずれ能力者が介入せずともいい、そんな世界を作る。そのために君たちだって利用する」
 ローゲンは息をのんだ。ローゲンは思う。―この男は、まだ腹の中にとてつもなく大きな企みがあると。だがローゲンはそれをやすやすと聞こうとはしない。
(俺が…俺が誰よりもこの人に近い存在になれば、いつかこの人の企みを暴ける)
 ローゲンがそう思ったとき、秀臣の表情は途端に柔らかくなる。先程の凍てつく眼差しはもうそこにはなかった。
「ああ、すまないね。色々と思い出していたら柄にもなく取り乱してしまったよ」
 ローゲンは目の前の男を心底畏怖した。

  **

「俺はその時から、司令部のトップ―蝶子、お前の父親と接点を持った。同じDNAを持つ女性を好きになったという、そんな奇妙な繋がりでな。」
 ローゲンはテーブルに乗った冷えきったコーヒーに口をつけた。
「お前がエージェントとしてここに入り、父親のことについて話そうかと迷ったんだが――言わなかった。お前の父親が平和のために犯罪を犯していることを言えなかった。それに、俺達だってやっていることは同じだった。お前が知りたいと言うまでは話すつもりはなかった。」
 ローゲンは目を伏せる。蝶子はそんな弱々しげなローゲンをじっと見つめていた。その表情には話を聞いたことによる動揺と困惑とが僅かに見てとれた。
「俺は新たに情報を手にいれた。佐藤あいか襲撃の件で、この場所をあいかに教えたのは山市じゃない。お前の父親だ。佐藤あいかは利用されたに過ぎない」
 これは佐藤あいかに事情を聞き、諜報係が掴んだ事実だった。
「え、父が―?」
 なんのために、それは蝶子の声に出ることはなかった。
「目的は分からない。何故娘に危害を加えるように仕向けたのか―・・・。俺は、今回の基地襲撃の件もお前の父親を…すまない、疑っている」
 蝶子は呆然と立つ他なかった。
(父が、何故…)
「お前の父親は目的のために俺らを利用すると言った。お前の父親が目指す平和のために、俺らを狙う必要があるのかという疑問がわく。俺は、これを明らかにしなければならない。でなければ、ガブリエルの死は―」
 ローゲンは刹那に、頭から血を流し倒れたガブリエルを追憶した。たった数十秒遅れたがために失われた仲間を思った。そして、その仲間を愛した女の計り知れない喪失感を思うと、悔やまずには要られない。失う恐怖や空虚、悲しみを知っているが故に。
 ローゲンは秀臣に会った当初、ジャッジメントの能力をもっていなかったがために、彼がどんな人間かを暴くことは出来なかった。介入続きで手にいれたその能力があれば、今は彼が白か黒か判断できるだろう。あの時以来秀臣と顔を会わせていないため、ジャッジメントを行使することはなかったが、今彼を見たならば―。
「話してくれて、ありがとうございます」
 蝶子は静かな音色でそう言った。ローゲンは驚いてカップを置き蝶子を見た。蝶子の表情には動揺も困惑も見えない。ただ、安堵の表情だけがそこにあった。
「父の今を知れて良かったです。父の企みを明らかにするまでは、正直…複雑です」
「蝶子…」
「あの、わざとウィリアムさんに聞かせていたんでしょう?父のことを私に気付かせるために」
 蝶子は頬笑む。その表情にローゲンは固まる。蝶子の微笑みは恐ろしいほど絵里子に似ていた。これもローゲンに課せられた宿命というものなのか、いつまでも妻を守れなかったという罪悪がのし掛かる。ローゲンはその曇りのない瞳から逃げるように目を伏せ、ああ、と答えた。


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