02

「それでは、UN-0作戦会議を始める」
 厳粛な雰囲気が漂う一室に、一人の男のベルベットボイスが空気を揺らした。片手に資料を持ち、険しい顔をしながら話しているこの男、ローゲン・ヴィントツィヒ 34歳。ドイツのエージェントで、確かな判断とその統率力で介入の最前線に立つ。そんなローゲンの言葉には重みがあり、誰一人としてローゲンの言葉に茶々をいれる人物はいない。
「明日、俺達が介入するのはイギリスの、ロンドン郊外だ。そこで、闇オークションが開催されるという情報を掴んだ。勿論、人身売買もざらじゃないだろう」
 −闇オークション。蝶子は、日本にいる時には馴染みのなかった言葉に、ゴクリと唾を飲んだ。
「今回はここで売買される人々の救出が目的だが…このことが実際行われた場合、いつも通り介入する。分かってるな?」
 …ーくれぐれも慎重に。
 蝶子はその時、響く低音によって会議室にいる全員のエージェントの顔つきが変わったのを、経験が浅いながらに感じ取ったのである。

何も食べずに作戦会議に出席した蝶子は、お腹のすき具合を訴えている腹鳴りに苦笑いしながら、もう既に閉まってしまった基地の食堂の前で、一人立っていた。ここの食堂では、日本のおばさんが料理を提供していて、蝶子の相談相手となってくれる人がいるところだ。今日はおばさんの用事のために早めに閉められてしまっていた。ついていない、とため息を零した時、先程まで聞いていた低音が、蝶子の肩に触れた。
「おい」
 ローゲンが、蝶子の後ろに立っていた。相変わらず表情から感情を読み取ることが出来ず、もしかしたら怒られるのでは、と蝶子ははらはらしていた。
「ローゲンさん?」
「介入が終わってすぐの会議で、お前が何も食べていないことをマキュールから聞いた。」
 生憎食堂は閉まっているからな、と付け足したローゲンは、ガサガサと音を立てるビニール袋を差し出した。頭に疑問符を浮かべて驚いている蝶子を余所に、ローゲンが「明日も介入だ。ちゃんと食っておけ。」と、静かに言った。
「あっ…」
 蝶子が呆気にとられている間にローゲンは去ってしまったので、蝶子はお礼を言えないまま、行き場のない伸ばした手を引いた。袋の中には、如何にもドイツ人らしいポテトのお惣菜が入っていた。どこで購入してものかは分からなかったが、疲れていた蝶子の頬は、微かに緩んだ。


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