03

 忙しさが続いたローゲンに、久しく休息の時間が訪れる。もう寝静まってしまい、エージェント達の愉快な声も聞こえることはない。ため息の音すら響く広間で、一人ローゲンは頭を抱えていた。
 ―あの日、ローゲンが早く基地へと戻ることができていたのであれば、ガブリエルの命は助かっていたのかもしれない。
 そんな後悔の念がローゲンの心を蝕んでいた。これは、あの事件に巻き込まれたエージェント達全員が抱えた精神的なショックだ。
 テーブルにのった白いカップには、既に冷えきったコーヒーが入っている。結局手をつけることなく、ぼんやりとカップを見つめながらただじっとしていた。
「教えてください、ローゲンさん」
 その声が蝶子のものだと分かったローゲンは、コーヒーカップに落ちた影を見つめたまま、なんだ、と返事をした。
「私の父と、知り合いなんですか?」
 ローゲンは沈黙したまま、蝶子の顔を見やる。睨んでいるのか、それとも動揺しているのか、蝶子にはローゲンの瞳が何を思い何を訴えているのかまでは窺い知ることはできない。蝶子は瞳を逸らすことなく、真っ直ぐにローゲンを見つめた。
「そうだ、と言ったら?」
 ローゲンの表情は変わらない。動じている様子はない。
「あの…。父が今、何をしているのか教えて欲しいんです」
「――分かった。いいだろう」
 ローゲンは息を吸い、吐き出すように言った。

  **

 遡ること小一時間前、蝶子はウィリアムと父親についての話をしていた。
「私の父が、近くに?」
「ああ。俺、ローゲンさんが電話で話してる内容を盗み聞きしたことがあって…その時の会話に、蝶子の名前が出てきたんだ」
「私の名前が?」
「ああ。ローゲンのさん上司だと思う。その後、ローゲンさんに会話盗み聞きしてたって事がバレたけどさ、何にも説教されなくて…もしかしたら、聞かれても差し支えのない内容でわざときかせてたのかもしれない」
「わざと…」
 ローゲンは何かを気付かせたかったに違いない。蝶子は焼き付けられるような焦燥を拳を握って抑えつける。
「直接聞いて確かめるしかありません」

  **

 カップをことんと置く音が響く。蝶子は、自分の心臓の音が聞こえているのではないかとひやひやしていた。
「お前の父は俺の上司―司令部のトップだ」
 蝶子はぴくりと肩を揺らし、目を見開きローゲンの次の言葉を待つ。
「こんな日が来ることは分かっていた」
 ローゲンは目を細めた。蝶子は己の動揺を隠せずに、ただ恐れながら答えを待つ。
「俺が知っているのは、お前の父親、漣秀臣(さざなみひでおみ)の目指すものだ。」
「父の目指すもの?」
 蝶子の心臓はさらに鼓動を早める。
「話せば長くなる」
 ローゲンの顔つきは険しい。それでも蝶子は躊躇うことなく頷いた。


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