08

 蝶子はローゲンやウィリアム達と共に介入へ行き、任務を終えて基地へ向かっていた。基地へと向かう輸送機内は静かで、寝不足気味だったエージェント達の転た寝の寝息が響くほどだった。
「ローゲンさん!基地に何者かが侵入者しました!方角は東南東、二階建ての別棟の方からです!急いで連絡を!」
 静寂を破ったのはフランシスだった。
「ここからだと…最低でも一時間はかかる。フランシス、距離を近付ける事はできないのか?」
「自分の能力は地上における距離ですし、そもそも距離そのものを操るというより、並行世界を利用することによって起こる錯覚ですから…」
 フランシスの表情は悔しそうに歪んだ。ローゲンは直ぐに無線で連絡を入れる。まず先に本部に無線を入れた後ガンダル達の乗る輸送機に発信した。
「…嫌な予感がします」
 蝶子は抑えたように独言した。

  **

 蝶子達が基地に到着した時には、全て終わっていた。基地にいた全員が暗い表情で項垂れ、色を失っていた。あの陽気なガンダルでさえも、堪えたように頭を抱え座っていた。基地内の異常とも言える鬱々しさに、ローゲンは胸を衝かれた。
「状況を説明してくれ…」
 ローゲンは、限定しては尋ねなかった。
「僕が説明します。―僕とガブリエル君とマキュールちゃんが別棟の二階で掃除している時に、屋根から物音がしました。その時には無線を切っていて―ローゲンさんの連絡が入っていなかったんです、それで、本部にいたエージェント達の避難も遅れました。全員が合流してシェルターに向かっている途中、マキュールちゃんが能力で塞ぎ損ねた窓からガブリエル君が狙撃されて…ガブリエル君を抱えてシェルターに避難したんですが、奴らはそれすらも見透かしていました。直ぐにシェルターにやってきて、マキュールちゃんの能力を破って扉を開けてきました。僕たちは銃を構えていましたが、助けが来た場合も考えられたので、引き金を引くのに、躊躇ってしまったんです。その一瞬でガブリエル君は頭に―…。それを見ていたマキュールちゃんは気が違ってしまって、今はレイチェルちゃんが側にいるはずです」
「そうか…すまなかった」
 恐らく、ローゲン達がガブリエルが撃たれる前に到着できなかったことへの謝罪だろう。ローゲンの顔は、いつも以上に凄みがあった。目に憤りの炎が見える。
「おい、ローゲン。奴らはお前が殲滅したはずのテロ組織だった。」
 椅子に座り、頭を抱えて影を落としていたガンダルが口を開く。ローゲンは無言だったが、愕然と目を見開いていた。
「あの、殲滅したはずのテロ組織って…?」
 蝶子は恐る恐る聞いた。すると、ローゲンが自嘲的な笑みを浮かべた。
「俺の――俺の妻と子供を奪ったテロ組織だ。先日のイタリアへの介入の際、殲滅したはずだった。なのに何故……」
 ローゲンの握り拳は、血管が千切れんばかりに浮き上がっていた。蝶子は胸が痛かった。―あの時のローゲンは、亡き妻や子供を思い出していた。自分の思いはきっと届かない。ローゲンの心の中に彼らがいる限り、自分の存在が彼の心の中に居座ることはできないことを悟って、締め付けられる胸に手を当てた。

  **

 エージェント達は事態が把握できるまで自室待機となった。蝶子は直ぐにマキュールの部屋へと向かった。一刻も早く彼女に会って、声を掛けたかったのだ。マキュールの部屋は基地の最上階となる五階にある。エレベーターが五階に着くと、小走りで彼女の部屋を目指す。マキュールの部屋の前につき、三回ノックを鳴らした。蝶子はひと呼吸おいて扉をあけた。
「さあ、入って」
 レイチェルに招かれ、蝶子はマキュールの居る部屋へと入る。
「マキュールさんは…」
 蝶子はレイチェルの背中へ投げかける。レイチェルは答えない。様子を見て確認してくれと言うような背中だった。レイチェルが部屋の扉を開けると、中にいたのは床に踞りながら髪の毛を乱し、何かを小さく呟いているマキュールだった。表情は髪の毛で覗けなかった。あまりにも変わり果てたマキュールの様子に、蝶子は声が出せなかった。
「聞いたとは思うけど…目の前でガブリエルを殺されて…私が着いた時にはもう、すっかり心が壊れてしまってたの。」
 レイチェルは、ガブリエルとマキュールは喧嘩していることが多かったが、それは二人の信頼関係や愛情からくるものだと分かっていただけに、マキュールがこのような様子になったのを見るだけで歯痒い思いをしているのだろう。
「私、ローゲンさんに報告することがあるから、マキュールを見ててもらっていいかしら。この精神状態で何をし始めるかわからないから…」
 レイチェルは、マキュールがガブリエルの後追いをしてしまうことを危惧してた。だから、彼女のそばにずっといたのだ。蝶子は頷いて、レイチェルは部屋を後にした。ドアが閉まるまで彼女を見届け、完全に見えなくなってからまたマキュールを見た。マキュールの手に指輪が光っていた。
「マキュールさん…」
 いつの間にか彼女は眠っていた。その頬には涙の筋が光る。血の滲んだ唇、大切な人を失った時の喪失感に駆られた力のない指先。
「ローゲンさんも、奥さんと子供が亡くなった時、こんなふうに苦しんだのかな…」
 蝶子はそう言って、力のないマキュールの手を取る。顔には暗鬱が浮かんでいた。


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