06

「それにしても、チェーンが切れるなんて不吉ね。何も起こらないならいいんだけど…」
 マキュールは切れ落ちたチェーンを拾い上げて、ガブリエルに手渡しながらそう言う。
 ―カタン。ダンダンッダッダッ。屋根の方から落ちてきた音に、三人は一斉に顔をあげた。
「猫か?」
 三人のいる部屋は、二階建ての小さな別棟の二階だった。二階の渡り廊下から本棟へと行くことが出来る作りになっている。ガブリエルは、ガンダルが何時の日か連れてきた猫が屋根に登っているのだろうと思った。
「…ねぇ。屋根の掃除は誰もしてないわよね?」
 マキュールは抑えたような声でカーンに尋ねる。
「ああ。今日は皆、自室の掃除と水回りの掃除をしている筈だけど…」
 カーンはマキュールの表情を伺った。少し強ばっているように思われた。
「あれは猫の重量で鳴る音ではない、人が居る。誰かがいる。」
「!」
 カーンとガブリエルは天井を見上げた。先程の音は、本棟の方へ向かっていた。三人は慌てて本棟へと走る。マキュールは無線を取り出す。
「こちら、マキュール。別棟の屋根から本棟へと何者かが向かっている!複数の可能性。本棟三階にいる者は武装、警戒せよ!」
『了解。我と剣術、体術を嗜んでいた者で武装して待機しておくヨ。』
 無線に反応したのはロンショウだった。幸いにも、体術を習っていたロンショウや他のエージェント、軍隊上がりのエージェントが本部に残っていた。三人は本棟へ着くと、三階へと急ぐ。屋根から来たのであれば、三階への侵入の可能性が高かったからだ。階段を駆け上がるとすぐ、ロンショウ達を見つけた。
「ロンショウ!無事ね!」
 ロンショウはハンドガンを片手に持っている。戦闘に向かない本部班の護身用の物だ。
「とりあえず、私の能力で進入出来そうな隙間に木を張り巡らせたけど、時間の問題だわ。」
 マキュールの能力は植物を操れるというもので、基本的にはバリケードや植物による肉体への寄生(それによって人の養分を奪い肉体を腐食させ、枯渇させる)にしか使えない。こういった緊急時にはバリケードという活用の方法しか残されていない。
「さっきローゲンさんからも連絡が入って…五名程の少数部隊が侵入したものと思われる、我々が着くまで最低でもあと小一時間。それまで地下の核シェルターで身を潜めて置くようにと…」
 エージェントの一人がそう言った。
「私、無線切ってたから…気付くのが遅れてしまった…」
 マキュール達が侵入者に気付くまで、本部班の大半が油断して無線を切っていた。その結果、侵入の情報も遅れてしまった。
「急いでシェルターに向かうぞ!全員銃を持ってとにかく走れ!」
 ガブリエルとマキュール、ロンショウを戦闘にエージェント達は地下へと急いだ。地下への階段は残念ながら一つしかない。その途中で侵入者と遭遇してしまえば全員の命が危険に晒される。
 ―ドシュッ。
「がぁっ!!」
 一階まで降りてきた辺りで赤く飛沫が上がったのを、マキュールは視界の左側で見た。ゆっくりとガブリエルが倒れ込む。マキュールは直ぐに窓を見回した。別棟が見える窓の向こうに、黒尽くめの格好をした狙撃手が確認できた。
「皆、伏せて隠れろ!マキュールちゃんは能力で窓を塞いで!」
 カーンが大きく指示を出す。マキュールは一階の窓に能力を使うのを忘れていた。マキュールの顔は苦虫を噛み潰したのよう渋い顔になる。その瞳には涙が浮かんでいた。マキュールは直ぐに窓を塞いだ。エージェント全員がもう一度体制を戻して、シェルターまで全力で急いだ。

  **

「しっかりして、ガブリエル!!」
 倒れ込んだガブリエルをマキュールとロンショウで抱え、シェルターに着くとすぐに介抱き取り掛かる。血の滲む腹部にハンカチをあて、ガブリエルの呼吸と顔色を伺った。
「っいっ…はぁっ…肺がっ…!!」
 ガブリエルは横隔膜と胃を撃ち抜かれていた。ガブリエルの口から血が流れる。左肺が萎んでいるのか、苦しそうに浅い息を繰り返す。
「喋らないで!!」
「今、ローゲンさんにガブリエルが負傷したと連絡を入れた。ガンダルさんが乗っている輸送機はあと数分で到着するらしい。それまでの辛抱だ、ガブリエルくん!」
「まずいヨ!!」
 ロンショウが叫んだ。
「やつら、シェルターまで来てる!シェルターは外から開けられるようになってるから、ダミーで塞いでおかないと行けないネ!」
 マキュールは、木を張り巡らす。これで時間稼ぎはできる。入ってきたら銃で狙い打てばいい。マキュールの手は、震えていた。
「無理、すんなよ、っ…マキュール…!」
「喋っちゃダメ。動かないで!」
 マキュールはガブリエルの手を握った。力強く、マキュールの思いが全て詰め込まれているように。
「ははっ、…マキュ、ル、これ、」
 ガブリエルは、ポケットにしまいこんでいた指輪を取り出しマキュールに見せる。
「俺、カナダに旅行した時に、っ、川で、溺れかけたことがあったんだ…その、時に、助けてくれたのが、お前の、父親だったんだ…あの時連れられていた、お前と、またここでっ会えるなんて、っはぁ、はぁ、思ってもなかった…」
「お願い、喋らないで、」
 次第に血の気がなくなっていくガブリエルに、マキュールは涙を零し続ける。
「死んだ母親、が、…これ、ある日くれたんだ、あっい、はぁはぁ、くそっ…。大切な人が現れた時に、渡せって…っ、もう、面倒くさいから、お、まえが受け取れ…」
 ガブリエルは力の入らない手を無理矢理動かし、マキュールの左手をとった。ガブリエルの血でべたついた手を持つと、薬指に指輪を嵌める。
「はぁ、はあ、ははっ…似合ってるよ」
 マキュールは震えながら涙を流した。
「馬鹿みたい…面倒くさいからって何よ…もう少しで助けがくるから、それまで頑張ってよ」
 マキュールは泣きながら笑った。エージェント達は、二人を静かに見守っていた。ガブリエルは息を乱しながら上体を起こした。マキュールと向き合うように座ると、痛々しい微笑みでマキュールの目を見る。
「まずい!」
 ロンショウ声を上げたのと同時に、木で覆われたシェルターが破られた。皆銃を構える。
「マキュール、愛して―」
 ―パァンッ。
 マキュールの顔に、血と脳漿が飛び散った。どさりとガブリエルが倒れる。ガブリエルの頭部は、赤い花を咲かせていた。血にまみれて脳を零している。音源を辿るその先に立つ黒尽くめの人物は、銃を構えたまま―倒れ込んだ。
「すまない!遅くなった!」
 後ろからガンダルが現れる。どうやら敵を殲滅してからここに向かったらしい。ガンダルは、ガブリエルを見ると途端に表情を変えた。
「スティーク!スティーク!!!」
 ガンダルの後ろからスティークが急いでシェルターに入る。ガブリエルに近付くと、直ぐに能力を使う。ガブリエルを見つめるマキュールの瞳に光はなかった。力なく暗い表情でガブリエルを見つめるマキュールに、その場にいた全員が目を背け唇をかんでいた。


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