05

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「おい、マキュール。ちょっとそこのリモコンとってくれよ。」
 前線班と前線援護班の一部が介入に出払っている間、残ったエージェント達は食事を作ったり、基地内の清掃をしたりしていた。
「そのくらい、自分で取りなさいよ」
「お前の方が近いだろうが」
「私はこの洗い物で忙しいの!」
「はいはい…」
 いつも通り、マキュールとガブリエルは痴話喧嘩ともとれる言い合いを繰り広げていた。
「まあまあお二人さん、仲いいのは結構なことだけど、ちゃんと掃除は捗っているのかな?」
 柔らかい物言いでそう尋ねたのは、インドエージェントのカーン・ベラネナイ、三十歳である。彼は飛び抜けたIQをもち、UN-0基地のシステム全般は彼の能力によって保護されている。ローゲンしか持つ事を許されていないITE001の開発、無線盗聴や基地・輸送機の場所特定を不可能にするほど、かなり重要な能力である。天才とは彼を指すのだろうが、彼は決して自分の凄さをひけらかさない。そして、優しく、偏見のない大らかな人柄であるため、エージェント達は彼を『聖人』と呼んでいた。
「私はちゃんとしたいけど、この人が邪魔するのよ」
「一々癇に障る物言いばっかりなのは何処の誰だ?」
 二人が再び言い争いになった時、ちゃりんっと、地面と金属が当たるような音が不意に鳴った。
「何?」
 地面に落ちたものに目を遣ると、キラっと一瞬光った後に指輪だと分かる。
「ああ、すまない」
 ガブリエルはそう言うと、パライバトルマリンの結晶の綺麗に澄んだ水色の指輪を拾い上げる。いつも首に下げていた細めのあずきチェーンが切れ、チェーンに通していた指輪が落ちてしまったらしい。
「それ、いつも思ってたんだけど、綺麗な色よね」
「コイツは、母親の形見なんだ」
 ガブリエルは左手に持った指輪を見た。母親の目の色にそっくりな、パライバトルマリンの結晶。輝きの中に映るガブリエルの瞳は、父親と一緒の濃褐色だった。
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 ガブリエルは、自分の父親を写真でしか見たことが無かった。ガブリエルの中で最も古い記憶にさえも父親の姿はなかった。ガブリエルの知っている父親の姿は、茶色く古ぼけた写真の中で、笑っているだけだった。幼いガブリエルは、自分に父親がいない事をクラスに馬鹿にされて、泣きながら尋ねたことがある。
「どうして、僕のお父さんはいないの?」
 その言葉を聞いた母の顔に、哀しみが浮かんだ。
「…ごめんね。ごめんね、ガブリエル。お父さんね、戦争で死んでしまったの」
 ガブリエルが産まれる半年ほど前、母国ブラジルとアルゼンチンとの間で戦争が起こった。利権を争う戦いだった。どちらかが勝つわけでもなく、負けるわけでもなく、周辺国家の仲介で僅か五ヶ月で終結した。その僅か半年程で出た犠牲の一人が、自分の父親だった。戦場にいた父の部下の話では、仲間を庇って亡くなったらしい。
「ガブリエル、貴方にはちゃんと立派なお父さんがいたのよ、だから泣く必要なんてない。お父さんは人を守るために自分の役目を全うしたの」
 母親の口調は強かった。そして、左手の薬指に嵌められていた指輪をそっと外し、ガブリエルの目の前に差し出した。
「これはね、貴方のお父さんがくれたものなの…君の瞳によく似ているねって。貴方はお父さんによく似てる…」
「綺麗…」
「ガブリエル…いつか、この人と結婚したい、この人のために散って行きたいと思えるような人と出会ったとき、これをその人に渡しなさい」
 母はガブリエルの手をとり、指輪を握らせた。ガブリエルはその熱と力強さに、父親の愛を間接的に受け取ったように感じた。


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